Crying girl meets Sadistic boy





午後の授業をふけて、屋上のドアを開くと、女が一人いた。
ドアが開いた音にハッとしてこっちを振り返ったので、目が合う。
女はボロボロ泣くのをそのままに、俺をなんとも言えない複雑そうな顔で見た。
どうでもよかった。
なので、さっさと視線を外して、女とは反対側のフェンスの端まで歩いて、そこに腰を下ろす。ズボンのポケットから煙草を取り出して、同じくポケットに入っていたライターで火をつける。
その時、ふと、自分に影が落ちた。
その原因を見上げると、あの女が、いつの間にかこちらに来て、目の前で仁王立ちしてこっちを見下ろしている。未だに涙を零しながら、その目はなにやら殺気立っていた。
思わず眉を顰めて「何だ」と億劫そうに言い捨てる。学校では自分に絡んでくるような馬鹿な奴はいないから、少し意外ではあった。すると、女は「あんたのせいだ」とポツリと零すなり、いきなり胸倉を掴んできた。これまた意外だった。この学校の生徒なんだから、俺のことは知ってるんだろう。知っていて、俺の胸倉を掴んできた。しかも女が、だ。

意外すぎる。

本来ならこの時点ですでに血祭りものなのだが、あまりの状況の意外性にとりあえずそのままにさせてみた。
女は俺の胸倉を掴んだまま、上半身を屈めて眼前に顔を突きつけてきた。憤りに燃えた目が真っ直ぐにこちらを射抜く。意外だ。俺相手にメンチ切ってくる奴がこの学校にいたのか。しかも女で。
女はそのまま、なにやら喚き始めた。
支離滅裂で、初めは何が言いたいのかさっぱり意味不明で頭おかしいんじゃないのかとか考えていたが、段々に言葉の切れ端を繋げていって、女の言いたいことがわかってきた。

曰く、長年好きだった幼馴染がいた。
曰く、その幼馴染に昨日告白した。
曰く、振られた。
曰く、その理由はその幼馴染とやらに他に好きな女がいるから。
曰く、その幼馴染はこの女の告白に触発されたのか、本日その好きな女に告白したらしい。
曰く、振られたらしい。
曰く、その理由はその女に他に好きな男がいるから。
曰く、その好きな男とやらは俺らしい。どうでもいいが。
曰く、さっき中庭に呼び出されて、振られたと幼馴染から報告を受けたらしい。
曰く、そのまま、いかにもしょうがないからといった顔つきで「やっぱり付き合おうか」と提案されたらしい。
曰く、殴り飛ばしたらしい。
曰く、屈辱で腸煮えたぎって授業どころじゃなくて屋上で一人泣いていたらしい。
曰く、俺の顔みたら、尋常じゃなく腹が立ったらしい。
曰く、俺さえいなければ、幼馴染とやらの恋は成就してたはずで、そうしたら自分があんな屈辱的なことを言われることもなかったはずだということらしい。

曰く、全部、俺のせいらしい。

ああ、かつて、これほどまでに無茶苦茶な因縁をつけられた覚えはない。
意外だ。意外すぎる。

「あんたのせいだ!」

女はなおも一方的に叫んでいる。

「あんたのせいだ! あんたのせいだ! あんたのせいだ!」

さらに叫び続ける。ヒトの眼前でボロボロと涙を流して、そのままズルズルとその場に座り込んで。
それでも、こっちの胸倉を掴んだまま、決して離そうとはしない。

「じゅっ……十年も! 十年もずっと好きだったのに! 振られるのはわかってたよ! 女として見られてないってちゃんと自覚してたよ! だから、別に良かった! 振られたって、ちゃんと思い伝えて、それで駄目なら、それでもういいって思ってたんだ! だから、昨日だって振られても泣かなかった! 嘘! ちょっと泣いた! でもちゃんと諦めた! 綺麗すっぱり、諦めた! なのに、ふざけんな!! 何が『冴、やっぱり付き合おうか』だ!! とりあえず、キープしとこうかなって魂胆が見え見えなんだよ! バレバレなんだよ! 片腹痛いんだよ!!」

大音量で至近距離。いい加減耳が痛くなってきた。女の声も掠れだしてる。それでも一向に喚くことをやめようとしない。

ああ、これがヒステリーってやつか。
馬鹿みたいに、感情を吐露して、まるで駄々をこねるガキだ。うざったい。正直な感想はそれだ。でも、鬱陶しいこの女を見下ろしながら、なんとなく。


コレ、欲しいな、と思った。


「ああ! もう! とにかくあんたのせいだ! 全部! あんたのせいだ!」

うん、やっぱり、欲しい。再度確認して一人、頷く。
火がついたまま灰が先端に溜まっていた煙草を放り捨てて、女の顔に手を伸ばす。

「責任とりや、が……ッ!!?」

とりあえず、この煩い口を塞ぐか。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇an excuse by Crying girl

あの時の自分はおかしかった。

あり得ないくらい、おかしかった。

あの時にタイムマシンで戻れるなら、その過去の自分の頭を思いっきり張っ叩いて正気に戻してやりたいくらい、おかしかった。

でも、しょうがないと思う。頼む、弁明させてくれ。何しろ、十年越しの初恋兼片思いが最悪の結末を迎えたのだ。頭のネジの一本や二本吹っ飛んでても仕方がなくないか。しかも、まさにそのぶっ壊れ具合の旬な時に、元凶(と言えなくもない)の男がのん気にやってきて煙草をふかそうとしてやがってたんだから(しかもさめざめと泣いてる私を完全に無視して!)、感情が張り切れたとしても何の不思議もないだろう。うん、絶対ない。
だから、感情のままに奴に踊りかかって胸倉掴んでぐちゃぐちゃな心の中身を全部ぶちまけてやったのも、まあ当然の成り行きなわけで、手を出さなかっただけまだ良心的なんじゃないか。

そりゃ、奴からすれば、だ。

身に覚えのない話で因縁ふっかけられたんだから、面白くないとは思う。相手の気持ちを考えてやると、確かにそうだ。
まことに身勝手で、逆恨みで、馬鹿でした。そこはもう本当にすみません。
ご迷惑をおかけしました。謝ります。心底、申し訳ないです。

でもさ。

だからってさ。

ヒトのファーストキスをあんなディープに奪うことはないんじゃなかろうか。

わんわん目の前で号泣しながら喚かれたらそりゃ喧しかったでしょうよ。耳障りだったでしょうよ。さっさと消去したかったでしょうよ。

でも、それ、口で塞ぐ必要はなかったんじゃねーのか。

ヒトの側頭部を鷲掴みにしたその手で塞ぐなり、いっそのこと引っ叩くなりしてくれればよかったんじゃねーのか。
ええ、もう、さすがの私もいろんなことが吹っ飛んで、完全にフリーズしましたよ。
つーか、そのテクは何なんだって話だよ。あんたチェリーの茎で芸術品でも作るつもりなのか。それでギネス申請でもするつもりなのか。頼むから、そーゆーのはもっと経験豊かな女子相手にかましてくれよ。こちとら数十分前まで赤ん坊の頃から知ってる男に十年も操立ててた女なんだよ。あげく振られたんだよ。それだけならまだしも、その男、私を振った理由の「好きな人」とやらに玉砕して、そっちに未練たらたらな顔して「やっぱ付き合おうか」とか抜かしやがったんだよ。思わず、グーっていっちゃたよ。グーで、しかもミゾウチ叩き込んじゃったよ。あいつちょっと白目剥きかけてたよ。いい気味だとか思ったよ。悪いかよ。

ああ、違う。私怨に感情が走ってしまった。問題はあいつじゃない。

あの男だ。ヒトのファーストキス奪った挙句におまけで舌まで突っ込んできた奴だ。

そして、あろうことかスカートの中にまで手突っ込んできやがった奴だ。

あの時はもう、本当に焦った。パニッくった。私は誰。ここはどこ。そして貴様は何をしくさりやがっているって感じだった。
思わず今までで最高の奇声発しながら、のしかかってる奴目掛けて膝蹴り上げたよ。本日二度目の鳩尾入りですよ。あいつみたいに白目剥くことなかったけど、さすがに顔顰めて小さく呻いてたよ。マジごめん。でもあんたが悪い。うん。

その後はもう、無我夢中でその場から脱兎のごとく逃げ去ったけどさ。
後の祭りって言葉がなんかね。もうね。ぐるぐると頭の中を駆け巡ったよ。
奴は、学校中の有名人。頭よし、ルックスよし、親はいないらしいけど、何故か金は持ってるらしい(収入源についてはあんまり考えたくない)。そして何より、喧嘩強いらしい。
これだけ学校のアイドル君要素を網羅してる奴。
でも、神は二物を与えずというか。二個も三個も四個も与えてたもんで、それら全てを相殺させるだけのもんをちゃんと用意しとかないとねと言わんばかりに余計なことしてくれたというか。

樋口 怜司。

奴は真性サディスト野郎でした。

容姿やら何やらに惹かれて、告白する女子を容赦ない言葉で切り捨て、あんまりしつこいと、殴る蹴るを平然と実行する。お、女子相手ですよ?
歩く凶器。まさに、それ。さっき言った喧嘩強い、とかも、なんかもう奴が立ち上がって一歩踏み出した時点でもう喧嘩じゃないらしい。なんかもう、あれ、ほぼ虐殺らしいよ。残酷すぎて描写は控えさせていただきます的らしいよ。
まあ、そういう噂が飛び交ってる奴で、なおかつ、その噂の9割9部9厘、事実らしいからね。
自然と奴は、周囲から一歩引かれるわけで、孤立していくというか孤高になっていくというか。一匹狼なわけで。それでもやっぱり好き、なんて、危険な香りに逆にノックアウトされちゃう子もいるわけで、私を振ったあいつの意中の女子もその一人だったわけで。
本来なら、まったく接点のなかった奴と、そんな複雑な関わりを、まあ一方的に持つことになったわけでして……。

……って、ああ、そうだよ! 完全な逆恨みだよ!
奴さえいなければ、私を振ったあいつはあの子と晴れてお付き合いできて、その結果私があんな侮辱的な状況にまみえることもなかったんだ、なんて!!
お門違いもいいところだよ! 理不尽だよ!スミマセンでしたね!!
だから、あの時は本当に私、おかしかったんだよ!!
狂ってました!! もう、本当に馬鹿でした!!
おかげで、あんな自殺行為をしでかしました!!

あの危険人物に、胸倉掴むわ、文句垂れるわ、挙句の果てに鳩尾蹴って一言も謝らずに逃亡しました!!


…………。
……………。
………………。
…………………ああああ、どうしよう。
お母さん、どうしよう。
お父さん、どうしよう。
先生、どうしよう。
神様、どうしよう。

私……。

私、絶対、もう本当に絶対、奴に殺されるよッ!!





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇a murmur by an outsider

生徒会長っていうのは本当に面倒だ。
放課後、生徒会室に着くと、一番乗りだったらしく誰もいなかった。とりあえず生徒会長の席に腰を下ろして、昼休み途中で終わってしまった資料整理の仕上げに取り掛かる。面倒くさい面倒くさいと一人ぶつぶつ悪態をつきながらやっていると、突然ドアが開いた。
誰かきたのかと顔を向けると、まったく予想しなかった奴がいた。

「樋口……、珍しいな、お前が生徒会室まで来るなんて」

相変わらず無駄に顔のいい、それでいて切れる刃物のような空気を撒き散らす男は、親友というか悪友というか。多分、こいつと普通に話すのはこの学校じゃ俺くらいなもんじゃないか。他人とのコミュニケーションをまったくもって鬱陶しがっているからな、こいつ。まあ、なんにしても生徒会室とは無縁の男だ。当然、俺に用があって来たのだろう。

「どうした……って、おい。お前、口のそれ、どうした?」

よくよく見てみると、唇の端に赤い跡。殴られて切った……わけではないだろう。こいつを殴れるやつなんか俺は見たことない。奴は淡々とした表情で応えた。

「噛まれた」
「かっ……噛まれた!?」

一体、何に!?

「変な女に」
「はあ!!?」

ちょっと待て! 何それ! 変な女って! 唇噛まれたって! 校内で変質者でも出たのかよ!
いやいや、でも、待て待て。そんなのに、こいつが大人しく襲われるわけがない。むしろやり返しすぎて違う意味で警察沙汰だよ。ということは……。

「屋上で変な女に絡まれた。で、煩いから口塞いで、そのまま舌入れて、ついでに押し倒して、スカートの中手入れた途端に噛まれて鳩尾蹴り入れられて逃げられた」

おいおいおいおいおい。

ちょっとどこから突っ込めばいいのさ。こいつに絡んでいく女子生徒がいるってのがまずあり得ない。あまつさえ、唇噛んで鳩尾蹴りいれて逃げるなんてもっとあり得ない。そして最もあり得ないのは。

「お前、まさかその子に興味持ったの?」

煩いなら、適当に殴るなり蹴るなりで黙らせる男だ。女子供でも。
それを、キスして(しかもディープ)、おまけにそのまま事に及ぼうとまでするなんて、とてもじゃないがいつものこいつの対応ではない。
奴はあっさりと頷いてみせる。

「ああ、あれ欲しいんだ」
「………」

悠然とした顔で、のたまったそのあれ、というのはつまりその子のことなんだろう。しかもこいつちょっと口の端吊り上げて笑った。やばい。マジだ。目もちょっとだけ意気揚々としてる感じがある。

新しい玩具見つけたって顔。

やばいやばいやばい。めちゃくちゃ可哀相! その子可哀相!
前世でなんかしちゃったんじゃないの、その子! しでかしちゃったんじゃないの!?
顔面蒼白な俺を余所に、ご機嫌な様子の奴は壁にもたれかかったまま要求してくる。

「だから、調べてよ、柚木。何年何組で、部活は何で住所はどこかとかその他もろもろ」

セイトカイチョーさんなら簡単だろ? と当然の如く言い放ってくれる。
もう、個人情報保護とか何とかはこいつの前では意味をなさないのだろう。
その子には悪いけど、俺にこうなったこいつは止められないし。命惜しいし、人間誰しも自分が可愛いのだよ。

「あー…、まあ、名前はなんていうの?」
「冴、とか言ってた。苗字は知らない」

あれー。冴って、なんかうちの副会長と同じ名前だなー。でも、まさかね。彼女はこいつに掴みかかっていくような人じゃないし。うん、違う。ないない。それはあり得ない。

「うん、まあ、名簿使って調べてみるよ」

そう返事した十秒後。

妙に落ち込んだ声の挨拶とともに部屋に入ってきた副会長が、こいつを見て、ものの見事に固まって、奇声を発して、踵を返して問答無用で逃げようとして、樋口にあっさり首根っこ掴まれて、まだ何も言われてないのに物凄い勢いで謝り倒しだした光景を見つめながら、俺は思った。

生徒会長っていうのは本当に面倒だ。
おまけにこれから副会長は使い物にならなくなるのか、と。






■あとがき■
ドSの男と出会ってしまって、その号泣っぷりを気に入られてしまったがために波乱に満ちた学校生活及びその後の人生を歩むことになってしまった女の子の話。
あんまり書いたことないんですが、コメディってのも書くの面白いですね。出来はともかく。笑えるかはともかく。




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