水月
懐かしい日を思い出した。
「金か?」
突如現れたその気配に向けて、声をかけた。
果たしてそこに、その人物が現れた。
髪も瞳も金色の青年。
自分が一番苦手とする人物。
「何か用か?」
機嫌が悪くなってきていた。
「別段、用件はない。偶々来た所にお前がいただけだ、柘榴」
「はん。だったらさっさとどっかに行けよ」
遊びの途中だったのだ。
せっかく楽しめると思っていたのに、こんな奴が傍にいては興醒めというもの。
生真面目すぎる魔性。
自分とまるで反対の性格だった。
「何だ?」
じっとその金の瞳が自分を見ていたから、問うてみる。
「いや。お前はいつも束縛されているのだな」
「はぁ?」
何を言っているのだ、こいつは。
自分ほど勝手気ままな魔性はいないと誰もが言っているというのに。
「自由さ故の不自由さ。お前は誰よりも自由に見えて、実は何一つ自由にできていない」
金の青年は冷めた瞳でそれだけ言うと、あっと言う間に姿を消した。
残されて、だから青年のいた場所を睨んでいた。
ひたすらに睨んでいた。
睨むしか、できなかった。
それから何年経ったか。何十年? 何百年?
時間は自分たちにとって在って無いようなものだ。
変わらない世界。
変化の無いそこに、現れた噂。
ざわざわと騒がしくなった。
小波のように広がったそれに半信半疑だった。
でもあいつなら有り得るかも知れない。
人間の女に捕われたなんて事さえも。
別に興味があったわけではなかった。
ただ、そうあの時のあいつの言葉を借りるなら、「偶々来た所にそれがいた」のだ。
黒く長い髪。緑柱石の双眸。気の強そうな美女。
怖気づくこともなく、自分を射るその瞳に何故だか分からないが笑いがこみ上げた。
「へぇ。お前があいつを落とした女?」
クツクツと喉で嗤う。
対して妖主を捕え、また自身も捕われている彼女はそれでも真っ直ぐに自分を見る。
確かめるように。
「……気に入らないな」
その視線。
自分よりもはるかに劣っている存在だと言うのに、それでもなお、自分と同等でもあるかのように自信に満ちているその瞳。
いや、もしくは相手は自分より上なのかも知れない。
理由は分からない。
なんとなく思っただけだ。
「お前を殺したら、あいつはどうする?」
あの金の青年はどうなる。
俺を恨むか。
俺を殺すか。
それとも自身も滅ぶか。
「………………あの人は――――――」
女の答えに軽く驚きながら、それでもその意外性にまた笑いがこみ上げる。
「変な女だな」
笑いながら言い、その場を後にした。
殺したいと思ったわけではない。
その先にあるのが何なのか、気になっただけ。
それだけだ。
そこに行く気は無かった。
そもそもそこにいる他の連中も自分がそこに来るなどとは思っていなかったのだろう。
案の定、慌てていた。
「柘榴の君……!」
相手の古い部下の一人が出迎えた。
顔は見たことがある。しかし、名前はどうやら忘れたようだ。
出迎えの妖貴はそれなりに自分が奥に行くのを止める素振りを見せたが、実は歓迎していたのかも知れない。
腑抜けた主を戻してくれるかも知れぬ、と。
そんな淡い期待でも抱いていたのか。
この俺に。
「よお」
奥の扉を開くと、そいつはそこにいた。
金の髪金の双眸。気だるそうに自分を見る。
「柘榴か……」
「人間の女に惚れたって? 随分と酔狂なことするじゃないか」
「……お前には分かるまいよ」
その言い方に、少し腹が立った。
眉が跳ね上がる。
しかし相手はまるで動じなかった。
当たり前と言えば当たり前か。
「何がどう分からないって?」
挑戦するかのごとく、相手を見ていた。
けれどそれにも動じない。
笑うことも無く。
怯えることも無く。
無表情のまま。
余裕から来る、その態度。
「まあ確かに美人だったが…………」
その台詞に少しばかり相手が目を開いた。と言っても、本当に少しばかり。
すぐに無表情に戻った。
「しょせん、人間だ。人間なんざ、醜く老いてさっさと死ぬ。そんなものに入れ込むことを酔狂といわずに何と言う?」
後で考えれば、この時は焦っていたのかもしれない。
相手の余裕振りにではない。
自分に分からない事があるという、その焦り。
理解できるかどうかは問題ではない。
問題は、その事を自分が認知できるのかどうか。
目の前に突きつけられたとき、それを明確な言葉として出せるかどうか。
「……だから、お前は分からぬと言ったのだ」
「ああ?」
「酔狂などでは片付けられんよ」
顔は相変わらずの無表情。
でもそいつの瞳は急に穏やかになった。
それだけで全てが分かる。
これは本当に酔狂ではない。
そんなものは軽く超えている。
その先にあるもの。
「信じられないな……」
本気で捕われたのか。
あの女に。
「確かにあの女の魅了眼は強そうだ。顔も魔性好み。だが、それ以上に何の価値がある?」
人間なんて遊ぶ以外に何の価値がある?
あんな弱々しい存在に何の価値が。
己以外のすべてのものに、どれほどの価値がある?
「いずれ思い知る」
「はっ! 俺はお前みたいなバカげた事はしないな」
「どうだろうな……」
予言めいたその響きに心底腹が立つ。
ギロリと睨む。
相手は怯まない。
むしろ威圧されている。
気圧されている?
この俺が?
そんな事、認められない。
「断言してやるよ。俺はお前のようにならない」
その時、相手が微かに笑ったような気がした。
何がどう作用してそう至るのか。
道は確かに何本も用意されていたはずなのに。
歩けるのは一本だけ。
それを選んだ事を後悔した時もあったが。
それでも、今は――
空にあるのは黄金の月。
目の前にある湖に、ゆらゆらと揺れるその影。
自分の肩に頭を乗せて、すやすやと寝ているのは黒髪の娘。
揺れる月を見て思い出したのは、心の奥底にあった記憶。
苦笑する。
大口叩いた割りに、結果がこれでは。
「お前の娘に捕まるなんて、滑稽にも程がある……」
そうだ。
よりによって、お前の娘になんて。
さらり、と娘の髪が風で揺れた。
くすぐったかったのか、微かに声が零れたが起きる気配はない。
クツッと笑う。
ああ、そうさ。
思い知ったさ。
これは酔狂なんてもんじゃない。
全身全霊で捕われている。
それがどれほど不幸でどれほど至福か。
ただ一人に捕われる故に。
「……お前を失ったら、俺はどうするんだろうな」
あの時あの女に訊いたその問い。
お前だったらどう答えてくれるか。
娘はすやすやと眠る。
彼の事など放っておいて、今はただ、夢の中。
まったく……
一人、呟いた。
お前らには敵わないな。
あの金の青年にもこの娘にも。
血のなせる業、なのだろうか。
クククッと笑う。
血筋だとしたら、これほど恐ろしいものもない。
だから今度は夜空の月を、見上げてみる。
束縛か。
確かにそうだったな。
俺はいつでも「自由であること」に捕われ続けていた。
それは今思えば、なんと苦痛だったか。
だが。
たった一つの出会いが、全てを変えた。
「まだお前は俺を憐れむか……?」
そうではないだろう?
ようやく俺は、お前の言葉を知ったのだから。
いつしか黄金の月を余裕の笑みで見ている自分がいた。
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すばらしい!!
それ以外に何が言えますか!?
碧さんから900ヒットリクで頂きました、「千禍と金パパの話」で御座います!!
ああ、この流れるような文体!!
引き込まれずにはいられないストリー展開!!
全く、iruは幸せ者で御座います!!(>_<)
碧さん、こんなに素敵なモノをどうも有り難う御座いました!!
碧さんの作品は毎週楽しみにしておりますvv
これからもご活躍を期待して・・・vv
ではでは、本当に有り難う御座いました〜!!
written
by iru
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