グーテンベルクは道を歩く。
只まっすぐに、煉瓦 造りの道を歩く。
小春日和の清々しい朝。
見慣れた角を曲がれば、香ばしいパンの焼ける香り。
前に学生らしき青年がドアを開けた後ろに習って、グーテンベルクはそのパン屋に入る。
「おや、いらっしゃい。」
パンの並んだガラスケースの向こうで人当たりのいい笑みを浮かべる女主人が、グーテンベルクを見やってそう言う。
そして注文も聞かずに勝手にパンを選んでグーテンベルクに差し出す。
グーテンベルクも何も言わずにそれを食す。
食べ終われば、また前の人が出て行くのの後に付いてパン屋から出て行く。
「またおいでよ。」
女主人のそんな明るい声を背に受けながらグーテンベルクは道をまた歩く。
けれどそこは駅前のパン屋だからグーテンベルクはすぐに駅の中に入り、駅のホームへと向かう。
「やあ、おはよう、グーテンベルク。」
「グーテンベルク、いい朝だね。」
この駅の列車に乗るのはグーテンベルクの日課だから、この駅を使う顔見知りの人々がすれ違うたびに爽やかな挨拶を投げかけてくる。
しばらくすると予定時刻通りに列車がホームに入ってきて、その扉がグーテンベルクの前で止まる。
グーテンベルクはなれた様子で列車に乗り込み、椅子に座ることもなく扉の前でじっと佇んで、列車が目的地に着くのを待つ。
窓越しの空は皮肉なほどに晴れ渡っている。
朝の空の薄い雲がたなびいている。
グーテンベルクはそれをただ見つめる。
音が響く。
列車が次のホームに着いた音。
開いたドアの向こうの紳士は、グーテンベルクに気づくなり微笑んでグーテンベルクが降りれるように道を譲る。
それにグーテンベルクは列車から降りて、高い汽笛の音を出して去っていく列車を振り返ることもなく、駅の出口をと向かう。
出口にたどり着けば、迷うことなくやはり煉瓦造りの道をグーテンベルクは歩く。
歩きなれた道。
煉瓦造りの建物。
それらの中をグーテンベルクはただ歩いていく。
その足を一つの建物の前でグーテンベルクは止める。
真っ白な建物。
白い白い、建物。
それを仰ぎ見ながら、グーテンベルクはその場に佇み、しばらくしてそこで寝そべる。
そしてグーテンベルクは目を閉じる。
グーテンベルクは知っている。
もうかの人がここにはいないことを。
グーテンベルクはわかっている。
かの人が今はただ冷たい土の下で眠っていることを。
グーテンベルクは待ってはいない。
この白い建物からかの人がいつものように笑いながら出てくることを。
グーテンベルクは期待していない。
かの人が皺だらけの優しい手でまた自分を抱え上げてくれることを。
グーテンベルクはただ刻んでいるだけ。
かの人と過ごした日々と同じように。
かの人のいない時を。
グーテンベルクはそれしか術を知らない。
かの人のいない悲しみを埋める術を。
そして木枯らしが吹き出す冬の始まり。
グーテンベルクは眠る。
白い白い建物の前で。
かの人を思いながら。
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