乾いた風が吹き抜ける。
髪を煽り、頬を撫で、この足では届かぬ場所まで去っていく。
砂漠とも言える乾いた大地の上で、ラエスリールは遙か彼方を見据えていた。
晴れ渡った空は、砂が宙を舞っているせいか、微かに霞んで見える。

「おかあしゃま」

ふと右手に繋いだ小さな手が存在を主張してきて、ラエスリールはハッと我に返った。
隣を見下ろせば、母の面影を濃く宿す幼顔。自分が今、全身全霊をかけて守り抜きたい者がいる。

「どうした?イリア。」

優しく微笑んで促すと、少女は少し躊躇うかのように難しい顔をして、ラエスリールを見上げた。

「・・・いつも、おかあしゃまは何を探しているの?」

小さな小さな声の、控えめな問いだった。
幼子のその問いにラエスリールは一瞬ドキリとして、目を瞬かせる。

「どうして、私が何かを探していると思ったんだ?」

「だって、おかあしゃまいつも遠くを見てる。」

また核心を突かれた。
ラエスリールは少し戸惑って、思わず返答に窮してしまう。
昔に比べればまだまだ、良くなった方なのだろうが、それでも彼女の表情はあまり豊かとは言い難く誤解を受けやすい。今の困った表情も、幼いイリアには怒ったように映ってしまったらしい。緑の瞳が不安に揺れ、ラエスリールを覗き込んでくる。

「ごめんなさい。イリア、おかあしゃまに嫌な思いさせた?」

健気な言葉に、ラエスリールは慌てて首を横に振った。

「違う、違うんだ。イリア、私はひとつも嫌な思いなんてしてない。」

またやってしまったと内心自分に舌打ちしながら、ラエスリールはイリアと視線を合わせるように地に膝を突く。

「イリアの言うとおりだ。私は・・・探している。」

躊躇しながらも、ラエスリールは頷いた。
自分をも納得させるために、噛み締めるように呟いて。
イリアの目が小さな好奇心に輝く。

「何を探しているの?」

「・・・・・」

ラエスリールは口に出すのを躊躇いつつ、イリアの真っ直ぐな視線を痛く感じながら、言葉を紡いだ。

「・・・私の知り合いを。」

「おかあしゃまの知り合い?」

興味津々で聞き返してくるイリアに、ラエスリールは閉口した。イリアは一度興味を持つと根っこの部分まで掘り返しきらないと満足しない質がある。もちろん、ラエスリールが諫めれば素直に聞くのだが、今回ばかりはこちらから話を逸らすのは不公平に思えた。

「どんな人?」

「いや、人というか・・・」

「おかあしゃまのお友達?」

「いや、友というか・・・」

微妙な点を突いてくるイリアの質問に、ラエスリールは言葉を濁す。
返答らしい返答を返せないラエスリールに気分を害することなくイリアは質問を続けた。

「イリアも知ってる?会ったこと、ある?」

「・・・・・・・」

その問いで、ラエスリールはつい先日のことを思い出し、一瞬高ぶった胸を押さえつけた。

「・・・・・・・」

「・・・おかあしゃま?」

「・・・うん」

首を傾げるイリアに、ラエスリールは小さく微笑んでみせる。

「うん、イリアも会ってるよ。」

「ほんと!?」

イリアの目が嬉しいそうに輝いて、その身を乗り出す。
前につんのめりそうなその体をラエスリールが慌てて支えた。

「どんな人?イリアはいつ会ったの?」

「つい、最近・・・と言ってもいいのかな、あれは。」

困ったように笑って答えるラエスリールに、ますますイリアは好奇心を駆り立てられたようだった。

「イリアとその人はどういう関係?イリア、お友達になれてた?」

「・・・・う〜ん・・・・お友達では・・・ないかな?」

思わず苦笑したラエスリール。
しかし、告げられたイリアはというと、かなりショックだったらしい。その顔が血の気を引いたように青くなる。大好きなおかあしゃまがずっと探してる人と自分が仲良くなれてなかったという事実はかなりイリアには打撃だった。
その悲壮な顔にさすがのラエスリールも慌てて弁明する。

「いや、イリアっ。そうじゃないんだ。別に仲良くなれてなかったっていうわけじゃなくて・・・」

じっと不安げに見つめてくる大きな双眸に、なんとか言いくるめようとして言葉を探す。
なんとなく、纏まりそうな言葉を見つけた。が、口にするのは少々・・・いや、かなり抵抗がある。だが、潤んできたイリアの瞳にどうしようもないことを悟って・・・。
半ばラエスリールは自棄になりかけて返した。

「彼は・・・その・・・イリアの・・・おとうしゃま・・・と言えるのかもしれない。」

かなり、度盛りながら、口篭もりつつ、ラエスリールはその言葉を口にしていた。
言った後でなんだか喉を掻きむしりたいような羞恥心に見舞われたのだが、そんなラエスリールの内心など露知らぬイリアは目を丸々とさせてラエスリールの言葉を復唱した。

「イリアの・・・おとうしゃま?」

「あ・・その・・・おとうしゃま・・っぽいと言うか・・・何とも言い難い立場で・・・。」

必死に言葉を継ぎ足していくラエスリールに、しかしイリアは呆然とラエスリールを見つめるだけだった。

「どうしよう、おかあしゃま。」

「え?」

不意に呟いた少女にラエスリールは首を傾げる。

「綺麗なおねえしゃまと綺麗だけど怖いおにいしゃまにイリア、おとうしゃまいないって言っちゃった。」

「・・・・・・・・・・・」

ラエスリールはしばし、沈黙する。

「イリア、嘘吐いちゃった。」

なおも戸惑うように言葉を続けるイリアに、ラエスリールはフッと口元を緩め、そのままクスクスと笑ってしまった。滅多に声に出して笑わないおかあしゃまに、イリアは目を見開いてその様子を見つめる。

「おかあしゃま?」

「ふっ・・あ・・・いや、ごめん。何でもないんだ。うん。」

ラエスリールはつい緩んでしまう口元を左手で覆って、イリアを優しく見つめる。

「大丈夫、ちゃんと分かってるから。」

「?」

「いいんだよ、<おねえしゃま>もちゃんと分かってる。」

「ホントに?」

「ああ。」

ラエスリールは立ち上がると、ポンポンと軽くイリアの頭を叩いた。
その手をすぐにイリアが掴んできて、再び二人の影が並んで長く砂地に寝そべる。

「イリア、おとうしゃまに会いたい。」

「・・・・・・・・」

握る手に力を込めてくる幼子に、ラエスリールは少し苦笑した。
おとうしゃま、か。彼がイリアにそう呼ばれたらどんな反応を返すだろうか?
少し、目を見張って、・・・顰めっ面をするだろうか。いや、それよりもニヤリと笑って「お前がそう呼ばせたのか」と私を見るだろうか。
どちらでもいい、と思った。
どっちでも構わないから。

「・・・私も会いたいよ。」

長く、イリアと二人で、慣れたと思ったのに。
お前が、急にあんなことをイリアに言付けるから。
数年前のお前でも、その影をちらつかせるから。
思い出してしまうではないか。
探してしまうじゃないか。

お前との約束だから、名は呼ばないけれど。

いつもいつも、呼ぶのを躊躇ってたお前の名前。
もっと呼べば良かったな。
呼べない今になって身にしみる。
お前が答えようが無視しようが、呼べば良かった。
名を口にするだけでどれだけこの想いは救われるだろう?

不意に、頬を冷たいものが伝った。
イリアが目を丸めて見上げてくる。風に流されて零れた雫が彼女の顔に当たったのかもしれない。

「おかあしゃま?」

不安げに腕を引っ張る少女に、ラエスリールは小さく微笑んでイリアの体を抱きしめた。
小さな肩に顔を埋め、決して声に出さないようにして呟く。

「闇主」

押し殺された言葉は、それだけでもかの青年に影響を与えただろう。
きっと今頃苦虫を噛み潰したような顔をしているに違いない。
それぐらい、耐えてくれ。私だって、こんなに我慢しているんだ。

「おかあしゃま?」

再度問いかけてくるイリアの声に、ラエスリールはゆっくりと顔を上げ、優しく微笑んだ。
微かに潤んだ瞳は、それでも決してもう涙を零すことはない。

「帰ろうか、イリア。」

ラエスリールの言葉に、イリアはゆっくりと頷いた。
聞きたいことは山ほどあったが、これ以上おかあしゃまを困らせたりするのは嫌だった。
素直に頷いてくれたイリアの心遣いに感謝しながら、ラエスリールは最後にもう一度だけ遠く彼方を見遣る。
やはり、深紅の影は欠片も見当たらないけれど。
それでも、何処か彼が自分を見てくれているような気がして。
今度お前にあったら何から話そうと、考えられる自分がいた。

「帰ろう。」

お前もいつか、帰ってくるだろう場所に。
どこまでも遠くへと、砂塵が舞って髪を靡かせた。





<fin>







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イリア生還後のお話。(笑)
ラストでラスは闇主のいなくなる理由を知ってるんでしょうかね?この話では知ってる、理解してるって事にしてますが。前の「紅愁」は逆です。理解してません設定。
でも何となくいつものように理由もロクに伝えず「待つな」ってだけ言ってどっかに消えたような気がするなぁ、奴は。
だから「(ロクに説明もせずに)待つなと言ったり待てと言ったり勝手な男」発言が出るのなか、と。まあ、それは原作見なきゃわからんのですが。
そんなこんなでできた作品。
裏の目的「おとうしゃま」とイリアに言わせたい達成。
何となくイリアはラスと闇主の子ではないと思うので。(もしそうじゃなかったらスミマセン。私的には嬉しいハプニングですな)親代わりをしているラス・・・そのお相手の闇主はおとうしゃまに当たるだろうという希望的観測です。あ、ちなみにラスは闇主への恋愛感情理解してます。だから「おとうしゃま」の地位贈呈。(笑)いやだってさすがにラストでは理解してもらわないと闇主以前に読者が浮かばれません。
ではでは。これにて。



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