HAPPY BIRTHDAY, MY DEAR PAL


「ねぇ、涼子ー。涼子って煉様といつもどんなところ行ってるの?」
 いつもと同じように、あの金髪の愛くるしい容姿をした相手と夕食を採っていると、唐突にそんな質問をぶつけられた。
「………は?」
 鶏肉をフォークに突き刺し、口に入れる一歩手前で停止させた状態で涼子がその整った眉を顰めて聞き返せば、にこにこ顔のラナマは身を乗り出して、再度問うてくる。
「だから、煉様とは普段どういうところに行ってるの?」
「どこって……」
「うん?」
 宙を見つめて考え込んだ涼子に、ラナマは興味津々に相槌を打ち。
 涼子はその視線に、何の気負いもなく、目を合わせて。
「………市街の片隅、時々、未開地区?」
「…………」
 首を捻りながら涼子がそう答えると、嬉々として耳を傾けていた目の前の少女の笑顔が急速に固まっていく。
「…………涼子」
「…………何?」
「それって、仕事の話よね?」
「それ以外に何があるのよ?」
 首を傾げて問い返すと、さっきまでの上機嫌な表情はどこへやら、ラナマの顔が一気に顰められた。元がこう可愛らしいと頬を紅潮させられても迫力はあまりないなと、その顔を見つめながら心の中でぼんやりと感想を落とし、目の前の鶏肉を頬張ると、涼子はそのまま租借しつつラナマの話に耳を傾ける。
「もう! そうじゃなくて! 二人で買い物とか!」
 ダンッとフォークを握った拳を机に叩きつける少女は、そう叫ぶように訴えてきた。
 彼女のフォークに刺さっていたレタスの欠片がその反動で吹っ飛び、どこかへ消えたが、見なかったことにする。多分、少女の後ろの席に座る騎士の頭の上の黄緑色の物体がそうなのだろうが、涼子は租借で忙しかったのでそれについては忘れることにした。
 そして、数秒後、口の中のものを喉奥に流し込んだ涼子は、淡々と少女に言い渡した。
「あいつと買い物なんて行ったことないけど?」
「え、ええ!! なんで!?」
「何でって……」
 首を捻った女騎士は、絶句している友人の顔を至極真面目に見つめて問い返す。
「何で、私があいつと二人で買い物行くのよ?」
「……………」
 迫力がないはずの少女の顔が、瞬間風速的に冷気を孕んだ瞬間だった。

 それが、約三日前の出来事で。

 そして今現在。
 私服に身を包んだ涼子は、窓から朝日が差し込む中、エレベーターから降りてきたばかりの己の相方を捕まえていた。
「……おはよう、ございます」
「……おはよ」
「…………」
「…………」
 相手の方から差し出された、とりあえずの朝の挨拶。その後は、問答無用で奇妙な空気がその場を包み込む。
 その重たさに耐え切れず、先に口火を切ったのは案の定、シコウの方だった。
 唐突に通信で呼び出された彼は、頭をポリポリと掻きながら、目の前の相方に問う。
「えーっと……今日は休みじゃありませんでした?」
「……本来ならね。今日は仕事じゃなくて」
「なくて?」
「買い物」
 端的に告げると、シコウがしばらく言葉を失って、沈黙が落ちる。
 腕組みしたまま涼子も黙っていると、数秒後、一時停止した脳が活動を再開したのか、おそるおそる青年の口が開かれて、仔細を聞いてきた。
「はあ、……えー…っと、それはまた、何を?」
 涼子は一瞬沈黙を作った後、横に視線を移し、何気ない口調で、呟く。
「ラナマからジャックへの誕生日プレゼント」
「…………」
 シコウの動きが再び停止する。視線が宙を泳いで、何か言いかけるように口が開いて、けれどやっぱり閉じて、静寂がその場を包んで15秒。
「あの……、ラナマさんの買い物を、何故、涼子さんが?」
 最終的に、シコウがそのごもっともな疑問へと落ち着くと、涼子は腕組を解き、大きく息を吐き出した。くしゃりと前髪を乱して、そのままため息の余韻の残る声を出す。
「……ジャックの誕生日が明々後日で、それまであの子、仕事が詰まっててプレゼント買いに行く時間がないから、代わりにお願いって頼まれたのよ。まあ、私も丁度今日が空いてたし……」
 本来なら、涼子だってこういう面倒なことはお断りだ。だが、『お願い』と言いながら、奇妙な圧迫感を押し付けてきた満面の笑顔のあの少女を前にしては、さすがの彼女も首を縦に振るしかなかったのである。
「……なるほど、で」
 話を聞きながら頷いたシコウは、そのまま困ったような笑みを浮かべて小首を傾げた。
「何故、それに私も呼び出されてるんでしょうか?」
 その疑問に、シコウを見上げた涼子は肩を竦め、簡潔に答える。黒髪がその所作に僅かに揺れた。
「男へのプレゼントだから男の意見が合ったほうがいいってラナマが言ったから……っていうのと、」
「……と、いうのと?」
 その繋ぎの言葉を繰り返し、なんとなく悟りきった表情をして待つシコウに向け、セントル一の女騎士は実に飄々とした様子でのたまった。
「あんた一人がのんびりと休日を満喫してるかと思うと、むかつくから」
「…………」
 それを聞いて、清清しいほどににこやかな笑みを口元に乗せた青年は、右手で目元を覆い、天を仰ぐと、「……ですよね」とだけ、か細く答えた。



◇◇◆◆◇◇◆◆


 
「へぇ……、結構、人がいるものですね」
 二人が踏み入れた、店の立ち並ぶ中心街は、買い物客で賑わっていた。
 目立った容姿の二人組みに、チラチラと好奇な視線が集まる中、それには我関せずで街の様を少し驚いたように見渡しながら話しかけてくるシコウに、涼子もまた頷き返す。
「あんまりこんな時間帯にこんなとこ来ないから、変な感じね」
 基本的に涼子はショッピングなどに関心がない。必要最低限のものがあれば、それでいいという考えの持ち主であり、ショーウィンドウを見て回るくらいだったら、SLE能力犯罪者相手に一戦交えているほうがよっぽど楽しいのである。
 よって、涼子が知っているデルタ・ヴァルナは、静まり返った深夜の、人目の届かない小路の中か、あるいはそのずっと先、一般人なら立ち入るどころか近寄りもしない未開地区だけだった。そして、今回、かなり久方ぶりにこういった中心街を見て、そういえば、この都市は中心都市だったな、などと今更な感慨に耽るのだ。
 一方のシコウについては言わずもがな。もともとセントル=マナの最上階のみで暮らしていた人間である。そこにいれば全ては事足りる生活であり、涼子の片翼となった今現在も、仕事以外ではほとんど外に出ることはない。
 だが見知らぬ場所に立ち入る二人の足取りは淀みなく、軽快に進んでいた。それは偏に涼子の手の中にあるラナマの地図入りメモのおかげである。そのピラピラとした一枚の紙を隣からヒョイッと軽く覗き込みながらシコウは苦笑を浮かべた。
「ラナマさんが大体の狙いをつけて下さっていて助かりましたね」
「そうね。これがなかったら、どこに入ればいいのかわけわかんないし」
「見たところ……アクセサリー関係のお店ですかね?」
「みたいね……ああ、あそこじゃない?」
 メモに書かれた店名と同じ看板を見つけて涼子が顎で指し示す。
 ガラス製の入り口の向こうに透けて見える店内はカジュアルさよりも上品な印象を与える造りになっていた。客もまあまあ多く入っていてそれなりに繁盛しているようだ。
 それを確認すると、青年は先に、入り口前の小さな三歩ほどの階段を淡々とした足取りで上った。
「どうぞ」
 シコウがドアを開いて、涼子に道を差し出せば、その一連の流れるような所作を階段の下で見ていた涼子は、顔を顰めてそのシコウの顔を見上げる。
「なんか、むかつく」
「……は?」
「……何でもないわよ」
 その場に小さく舌打ちを落とすと、さっさと涼子は階段を上って店内に足を踏み入れる。急に機嫌を損ねたらしいその様子に首を捻りつつ、シコウもその後に続いた。
 店内に踏み入るなり、「いらっしゃいませー」と小奇麗な格好をした若い店員が来客に気づいて微笑みかけてきた。だが、その店員は顔を上げて実際に二人と目が合うと、すぐに頬を上気させて固まってしまう。そしてそのまま「ごゆっくりどうぞぉー」と変に裏返った声で続けるなり、そさくさと奥の方へ去っていってしまった。
 てっきり接客してくれるものと思っていた二人は所在無く、その場に立ち尽くすが、やがてシコウ困った笑みを浮かべて涼子に声をかけた。
「まあ、とりあえず見て回りますか」
「……そうね」
 中に入ってみると、外から見た印象よりも店内は広く、二人は手前のショーケースから順に見て回ることにする。
 基本的に男性用のアクセサリーがメインの店らしく、商品は重厚なデザインのものが多かった。
 そうしてしばらく見ていくうちに、シコウの視線が一つの商品の前で止まる。
 それに気づいた涼子は隣からその商品を覗き込んだ。
 二重になったレザーのブレスレットらしく、二つ折りにしたレザーの端はシルバーの金具で止められ、反対側の折り返し部分は一回捻りを入れたところを小さな金具で固定されて輪の部分を造っており、どうやらそこに最初の金具を引っ掛けて留めるタイプのようだ。
 色合いは明るくないブラウンで派手すぎず地味すぎず、好ましい色だと思うが、しかし、レザー自体が結構細身なので、あまり男性向きではなさそうだった。
「これ?」
 涼子から声をかけられると、シコウは驚いたように目を丸めて涼子を振り返る。
「あ、いえ」
「まあ、いいと思うけど、ジャックには華奢すぎない?」
「……ですね」
 小さく苦笑を落として、シコウは頷く。
 涼子はショーケースから顔を上げると店内全体を見渡し、その広さに辟易したように小さく息を吐いた。
「私はあっちの方見てくるわ。あんたはここらへん見て回って」
「あ、はい」
 シコウにそう告げて、涼子は右奥の方へと足を進める。その先にはチョーカーやリングなどが並び、そしてまたブレスレットがその後に続いていた。
 なかなか目星が付かずにショーケースを見下ろしながら唸っていると、ふと隣に人の気配が生まれる。顔を上げて振り返ると、最初に声を掛けていた店員より年上の、ベテラン店員のような上品な女性が、にこやかに「いらっしゃいませ」と告げてきた。
「どういったものをお探しですか?」
「……あぁ、知り合いの誕生日プレゼントなんだけど」
 なかなか見当がつかなくて、と肩を竦めると、店員の女性はにこやかな笑顔をそのままに口を開く。
「男性の方ですか?」
「ええ」
「どういった感じの方でしょうか?」
 聞かれて、涼子は考え込む。脳裏にあの青年を浮かべつつ、口を開いた。
「髪はハニーブロンドで猫っ毛で……、目は碧色で、どっちかっていうと童顔だと思うけど」
「可愛らしい方なんですね」
 朗らかに微笑みながら店員がそう告げると、涼子は小さく苦笑した。
「あんまりそう言うと、機嫌悪くするんだけどね」
 そう言えば、店員の女性も「あら、まあ」とクスクス笑う。そして、彼女は店内の方を見渡し、「では、こちらのほうはどうでしょう」と涼子を別の一画のショーケースの前へと促した。
「男性の方でしたら、やはりブレスレットが一番身に着けやすいと思います。お客様からお聞きした感じの方でしたら……そうですね、このようなものなどがお似合いになるのではないかと」
 店員が指し示したのはレザーの二重巻になったブレスレットだった。だが、さきほどシコウが目に止めたものとは違ってきっちりと裁断された感じのものではなく、どちらかというと荒く裂かれたような個性的な切り口で、レザー自体に皺加工が施されているのか、すでに使い込まれたような風味が出ていた。また、レザーの幅も太めで、存在感があり、留め具はバックル式で等間隔に穴が空いていて、サイズもそこで調節するもののようだ。そのバックルのゴールドの金具にもヴィンテージ加工がされているため目立ちすぎず、全体の調和が取れている。色合いは少し暗めのブラウンで、ジャックにもよく似合いそうだった。
「そうね。よさそう」
 涼子は頷いて、それから、顔を上げると店内を見る。そして、左奥端の方にいたシコウの姿を見つけ、その視線を感じたのか、顔を上げた彼と目が合うと、チョイチョイと人差し指で手招きして呼んだ。
「いいのが、ありました?」
 やってきた青年がそう聞いてきて、涼子はさきほどのブレスレットをショーケース越しに指差した。
「これなんかどうかって話してたんだけど」
「あぁ、彼に似合いそうですね」
 カジュアルな感じで着けやすいんじゃないですか、と笑って肯定した青年に、涼子は「じゃあ、これにするわ」と店員に告げて、カードを差し出す。「ありがとうございます」と微笑んでカードを受け取った店員の女性は、さらに首を傾げて聞いてきた。
「バースデープレゼントということで、こちらで包装させて頂いてよろしいですか?」
「ええ、お願い」
「それでは、少々店内でお待ちください」
 そのまま一礼すると、店員はブレスレットとカードを持って一旦奥へと行き、すぐにカードの方を支払い処理だけを先に済ませて返しに来る。それを涼子が受け取ると、また店員は包装のために戻っていき、涼子とシコウはショーケースの前で手持ちぶたさに佇んでいた。
「そういえば」
 沈黙の中で、ふいに涼子がそう声を上げる。
「あんたは誕生日いつなの?」
 唐突に話を振られたシコウは、目を見張って涼子を見返し、しばらく黙り込むと、無表情で小さく首を傾げ、短く答えた。
「さあ」
「………『さあ』って……、何よ、それ」
 眉を顰めて睨み据えてくる涼子に、シコウは苦笑いで己の首筋を撫でながら目を逸らす。
「そういったことは、まあ、機密事項でして」
 きまりが悪そうに、それでもはっきりと答えるその言葉を聞いて、涼子の眉間に盛大に皺が寄った。
「はあ? 誕生日なんか大した機密じゃないでしょ」
「あー……いえ、これが意外に結構な機密なんですよ、おそらく」
 困りきった表情で笑みを浮かべ、そうやって言葉を濁すしかないシコウに対し、しばらく睨んでいた涼子もやがて小さく嘆息を落とす。機密と言われれば退くしかない。それがセントルの規則だ。それに別段、無理を押してでも知りたいこととも、思えなかった。
「……もういいわよ」
「すみません」
 申し訳なさそうに告げてくる青年の言葉を無言で受け取って、涼子はショーケースの中へと視線を落とす。やがて、その気まずい沈黙を払いたかったのか、シコウが後ろから伺うように声を掛けてきた。
「そういう、涼子さんはいつなんですか?」
 その何気ない青年の問いを、涼子は視線を動かさずショーケースを見下ろしたまま、一言で一蹴する。
「そんなの知らないわよ」
 思ったよりもそっけない声が出た。
 案の定、機嫌が悪いが故のその返答だと思ったのか、小さく息を呑んで黙ってしまった背後の青年に対し、涼子は大きくため息を落とすと、呆れたような半眼視で相手を振り返った。
「未開地区生まれの人間が、自分の誕生日なんて知ってるわけないでしょ?」
 その付け足しの言葉に、シコウは少しだけ目を見張って涼子を見つめる。
「あ、あぁ……そう、なんですか」
「そうよ」
 端的に返事を返すと、涼子はまたショーケースの方に向き直る。そこから先はシコウも無言で、涼子に習うようにショーケースの中の商品を見下ろしていた。
 そうしているうちに、奥から丁寧に包装されたさっきのブレスレットが、店員の手で運ばれてきた。男性用ということで、透明な入れ物に黒を貴重としたシンプルな飾りつけとリボンが施されている。
「こちらでよろしいでしょうか?」
「ええ」
 涼子が了承の言葉を返すと、店員はにっこりと微笑んで、それをさらにしゃれたデザインの小さな紙袋の中へと入れた。差し出されたそれをシコウが受け取って、店員が頭を下げようとした、その前に。
「ああ、あと、これをくれる?」
 さっき返されたまま、まだ仕舞わずに手の中にあったカードを再び店員に差し出しながら、涼子は目の前のショーケースの中の一つを指差す。
 ダークブラウンのシックな革製のベルトと、シルバー製のチェーン状のものが二重になったブレスレット。
 「畏まりました」と即座に告げた店員は涼子からカードを受け取ると、ショーケースを開いてそれを取り出した。
「包装はいかがされますか?」
「ああ、もうこのままでいいわ」
 面倒そうにそう言うと、涼子はそのまま店員の手からブレスレットを受け取り、そして、シコウの方へと振り返ったと思うと、それを突きつける。
「はい、これ、やるわ」
「え……?」
 唐突なそれに目を丸めている青年に向かって、涼子は無表情のまま告げた。
「誕生日プレゼント、面倒だから今日があんたの誕生日ってことにしとく」
「…………」
 押し付けるように手に握らされた、そのブレスレットを紫炎の双眸が見つめて。
「……ありが、とう……ござい、ます」
 まさかの展開に、シコウは呆然と呆けながら反射的に礼の言葉を口に載せていた。
 涼子は無言で頷き、二度目の支払い処理が終わった店員からカードを受け取ると、颯爽と出口へと向かっていく。
 順調に遠ざかっていくその背を眺めながら、しばしその場に立ち尽くしていたシコウだったが、はっと我に返るなり、慌てて早足で涼子の背を追い、ちょうど店の入り口のところでその腕を掴むことに成功した。進行を強引に引き止められ、「何」と言わんばかりの表情で振り返った涼子は、ふとその掴まれた左腕の手首に僅かばかりの重みとサラリとした感触を感じ、目を見張って、そこを見下ろす。
 最初に見た、あの華奢なブレスレットが手首に填められていた。
「どうぞ」
 単調な声が頭上から降ってくる。見上げれば、シコウは苦笑を浮かべていた。
「実はあの後、なんとなく、涼子さんに似合いそうだと思って衝動的に買ってしまったんですが」
「……………」
 そのばつが悪そうなその表情を見ると、買ったはいいものの、本当にこれを持て余していたのだろう。涼子からの不意な贈り物は、青年に都合のいい口実も与えたようだった。
「まあ、せっかくなので、涼子さんの誕生日も今日ということで……」
 その声を聞きつけ、再びブレスレットに目を落とした涼子は僅かに顔を顰めるなり、今度ははっきりとシコウを睨み据える。
「ちょっと……人の誕生日、勝手に決めないでよ」
 その類の言葉が来ることは予期していたのか、シコウは涼子の剣呑な声にもたじろぐことなく、すぐさま困ったように苦笑を深めて言い返した。
「涼子さんだって、私の誕生日勝手に決めたじゃないですか」
「あんたのは隠すから悪いんでしょ。私は本当にわかんないのよ」
「まあ、それは……」
 返答に窮した青年は、しかし、説得はすぐに諦めたらしい。
 小さく嘆息を落とすと、「わかりました」と呟いた。
「とりあえず、いつかの涼子さんの、誕生日プレゼントの前払いということで、お願いします」
 こちらが頂いてるのに、返さないというのはまずいでしょう? と、涼子の性格をよく心得ている青年は、上手いこと彼女が素直に頷くための外堀を掘ってみせた。
 そこまでされれば、涼子とて子供のように意地になって突き返すというようなことはしない。しばらく何か言いたげな表情でシコウの顔を見つめた後、さきほどの妥協を示した際のシコウと同様に、小さく嘆息を落としてから、「わかった」と頷いた。
 その返答をほっとしたように受け取って、青年はふと手の中に握ったままだった涼子からのプレゼントを見やる。その造りを吟味するように見つめた後。
「すみません、つけていただけますか?」
 そう言ってブレスレットと左腕を涼子に差し出す。
 確かに、止め具の構造からして片手では着けづらいだろうなと納得して、涼子は無言でブレスレットを受け取ると、シコウの左手首に着けてやった。
 小さく笑って「ありがとうございます」と告げた青年に、涼子は肩を竦めることで応え、そのまま二人並んで歩き出す。
 店から出ると、やはり街中は賑わっていた。
「涼子さん」
 店前の小さな階段を下りて、街道を歩き始めたところで、シコウからそう呼びかけられる。
 返事の代わりに涼子が視線を向けると、隣を歩く青年の目には珍しく悪戯めいた色が浮かんでいた。
「男性が女性にアクセサリーを贈る意味って、知ってます?」
「……さあ?」
 首を傾げて、あっさりと否定した涼子は、一拍の空白を空けてから、青年の顔を覗き込んで無表情のまま、問う。
「何、知って欲しいわけ?」
 シコウは小さく笑った。銀の髪が風に吹かれて僅かに揺れる。
「いいえ、できれば、知らないままでお願いします」
 答えて、少しだけ考えるような仕草をした青年は、合間に、僅かな吐息を挟んだ後。
「どうせ、無意味ですから」
 肩を竦めて言い切ると、そのまま、前へと視線を移す。
 しばらくその横顔を見上げていた涼子も、小さく眉を顰めはしたものの、結局は何も言わずに、やがて同じように前を見て歩いた。



◆◆◇◇◆◆◇◇



 ラナマにはその翌日、やはり食堂でプレゼントの入った例の紙袋を手渡した。
 プレゼントを収めた箱が透明な入れ物だったのは、ラナマにも中身を確認してもらえるからちょうど良かったわねと、涼子は手渡しながら心の中で思う。
「わっ! いいっ! かっこいい! ありがとう、涼子! ジャックもきっと気に入ってくれるわ!」
 中身を見たラナマも、そのブレスレットで納得してくれらしい。上機嫌な表情で「煉様にもお礼言っておいてね」と言われて、涼子は適当に頷いておく。
「あ、そういえば、いくらだった?」
「…………」
 覚えていない。というか、ほとんど確認していない。
 黙りこんだ涼子に、ラナマは財布片手に呆れ顔で肩を落とす。
「そんなことだろうと思ったけど……、今度カードの明細が来たら教えてね?」
「ええ、まあ、もう別にいいんだけど」
 金のことよりも、その手間の方を惜しんで涼子が鼻白む顔をすると、ラナマが眉を顰めて身を乗り出してくる。
「もう、そんなの駄目よ! 私からのジャックへのプレゼントなのに私が出してないんじゃ、意味がないじゃない!」
「……わかったわよ。ちゃんと後で教えるから」
「絶対だからね!?」
 強く念押ししてくる少女に、涼子は「はいはい」と頷いてみせる。
 ここで、ラナマは紙袋を隣の空いた席に置くと、お互いの夕飯を挟んだ状態で爛々と目を輝かせながら問うてきた。
「で、どうだった?」
「……何が」
 意味がわからずに眉を顰めて涼子が聞き返すと、ラナマはまどろっこしそうに身悶えながら言葉を繋げる。
「だーかーらっ! 煉様とのデ、…買い物!!」
 勢いよく何か言いかけて、慌ててあからさまに言い繕ったその様子に片眉を顰めた涼子だったが、さらに「で、どうだったの!? 楽しかった!?」とその不審な視線を押し切るようにラナマから質問を畳み掛けられて、とりあえずは疑問を飲み込み、昨日の出来事を回想する。
「あー……」
 宙を眺めていた視線は、静かに左腕の手首へと落ちて。
「誕生日が、決まった」
 ポツリと零したその言葉を聞いて、「へ?」と呆け顔をするラナマに、涼子はただ片頬を歪め、小さく笑った。




(fin)









:余談:

「でね! ジャック! 涼子ったらプレゼント買った後、煉様と食事もせずに真っ直ぐ帰ってきたって言うのよ!?」
「……うん」
「ああ、もう! 私がせっかくお膳立てしてあげたのに、全然デートっぽくないじゃない!」
「……うん」
「煉様も煉様だわっ! もっと積極的に押してくれないと涼子って鈍感なんだから全然話が進まないわよ!」
「……うん」
「あ、でもね、涼子あのお店で自分のブレスレットも買ってたみたいなの! 良かった、私が選んだお店、気に入ってくれたのね!」
「……うん、良かったね……、ねえ、ラナマ」
「なぁに? ジャック」
「僕の誕生日、まだ半年先なんだけど」
「……………」
「……………」
「やだ! そんなこと知ってるわよ、ジャック! 口実に嘘吐いただけよ!」
「…………あ、あはは、そうなんだー」
「そうよ! だって私、ジャックの本当の誕生日プレゼントはちゃんと自分で選んで買うって決めてるもの!」
「えっ」(きゅんっ
 振り回す天然と振り回される純情がここに二人。


TOP

…アトガキ…
kyoさんからの五周年記念リク、「涼子とシコウのデート話」でした。
まるで買出し状態で全然デートになってない気がしますが、すみません、これが限界でした;
少しでも楽しんで頂けたなら、幸いです。
時期としては一章の初めから中盤くらいまでのどこかといったところでしょうか。
こんな駄作で申し訳ないですが、kyoさんに捧げさせていただきます。
ではでは、リクエスト、ありがとうございました!
                               iru