山奥の人の近づくことの許されぬ地。
 そこに、黄金の主とその愛おしい者との楽園があった。
 まるで夢の中のような、そんな世界。
 時の流れを知ることが出来るのは、成長していく子供達の姿によってだけだった。
「ラス……ラエスリールッ」
 長女で、どこかやんちゃな娘を呼ぶ。
 目を離すとすぐにどこかへ行ってしまう困った子だった。
 今日もまた、弟のリーダイルと遊んでいるようだ。
「……リーダイルッ……」
 試しに弟の名を呼んでみる。
 魔性の血を強く引く彼なら、この声が届くかもしれない。
 だが、聞こえていないのか、それとももっと遊びたくて無視を決め込んでいるのか。
 返事はなかった。
「まったく、どこまで行ったのかしら……」
 もうすぐ夕飯だというのに、と思わずため息をつきたくなってしまう。
 もう少し奥まで行ってみようかと足を進めようとしたその刹那。
 今まさに歩み出そうとしたその場の空間が捩れた。
 誰か、は分かっている。
「あなた……」
 目の前に現れた黄金の美貌の主に、チェリクは首を傾げた。
「今日は遅くなるとおっしゃらなかった?」
「思ったより早く片が付いた」
 いつもの憮然とした顔で淡々と述べる。
 彼はならべく自分と一緒にいるようにしてくれるが、今日のようにどうしても妖主としての立場上、ここから離れなければならないことも少なくはなかった。
「配下はどうなったの?」
 家の中へと足を進めながらチェリクは夫に問う。
 彼は少々渋い顔をした。
 どうやら、今回関わり合いになった相手はあまり気の進まない者であったようだ。
 そう、柘榴の君である。
「あれ相手では我が配下もさすがに身を引くことにしたようだ」
 夫が、ため息混じりに応えた。
 きっかけは……たった一つの街だった。
 夫の配下が遊んでいたその街を、後から柘榴の君が暇つぶしの標的として割り込んできたらしい。
 普通なら、先に手を出した方にその街の所有権はあるのだが、如何せん、相手が悪かった。柘榴の君は浮城でも名高い傍若無人ぶりの妖主であったのだ。
 彼が一度目を付けたなら、それが誰のモノであるかなど関係ない。
 そうするだけの図太さと、力が彼にはあった。
「まあ、柘榴の君が相手では仕方ないでしょう」
「ざくろのきみ?」
 困ったような笑みで相づちをうったチェリクの裾をふいに引っ張る者がその場に現れた。
「ラス!?」
「只今、帰りました。父様、母様」
 弟のリーダイルも平然とした顔でドアの近くに佇んでいる。
 たった今どこからか、空間を渡ってきたのだろう。
「もう、随分探したのよ? あまり遠くへは行っては駄目よ」
 あどけない表情で自分を見つめる少女にチェリクは優しく頭を撫でながら言った。
 だが、少女はその言葉には応えず、疑問を問いかけてくる。
「母様、ざくろのきみってだぁれ?」
「父様と一緒の魔性の王よ」
 一緒にするな、と直ぐさま不満の声が上がる。
「父様と仲が悪いの?」
 見るからに機嫌の悪そうな父親の顔を見遣ってラスが聞いてきた。
 チェリクは苦笑した。
「性格が合わないのよ。父様は真面目だから」
 よくわからないとういう風に少女は首を傾げる。
「とてもとてもお美しいそうよ。父様と同じくらい大きな力を持つ方だから」
「綺麗? 父様と同じくらいに?」
 少女は興味ありげに聞いてくる。
 それが何だか可愛くって、チェリクはついつい話を逸らせずにいた。
 そして、思わず言ってしまった言葉。
「そうよ、もしかしたらラスは彼を好きになってしまうかもしれないわね」
 一瞬横たわる何とも言えない空気。そして……。
「チェリクッ!!」
「母様っ!!」
 夫と息子が絶叫する。
 美しいその顔が台無しである。
「不吉なことをおっしゃらないで下さい!!」
 姉にべったりな弟は、どうしても姉が他の男と関わり合いになるのは許せないようだ。
「嫌だわ、あなた達。ちょっと言っただけではないの」
 チェリクはあまりの反応に眉をひそめた。
 娘の恋愛話ほど、母親にとって楽しみはないというのに。
 まあ、柘榴の君は確かに癖のありそうな感じではあるが。
「ざくろのきみは?」
 ふいに、黙って様子を見ていたラスが問いかけてくる。
「え?」
 意味が分からずにチェリクは聞き返した。
 それに、ラスは幼いその顔を母親に向け、再び問いを発する。
「ざくろのきみは私のことを好きになってくれる?」
 夫が目を見開いて硬直し、息子が声にならぬ叫び声を上げた瞬間だった。
 チェリク自身も少々目を見張り、だが、真っ直ぐに自分を見つめるその瞳に、すぐに温かい笑みを浮かび上がらせた。
「もちろんよ、ラス。きっと一目であなたを好きになるわ」
 その囁きに、少女は本当に柔らかな笑みを愛らしい口元に浮かべたのである。
 数年後、巡り会うであろう青年へ向けたものとでも言うかのように。
 まだ、彼らの運命が交差するには早いけれども。
 それでも、その日は必ずやってくるのだ。
 惹かれるように。
 焦がれる、ように……。


                                 <fin>



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はーい。闇×ラスです。といっても片方出てこないし、チェリク微妙に一人称だし。
あったかほのぼの家族?いや、少し違う気が・・・。とにかく、ラス一家の中で話題になる闇主さん、ってのを書きたかったんですねー。うーん、どうでしょう?
闇×ラスって難しいわー。おかげで鎖×サに逃げてしまう。ははっ。
では、感想等お待ちしてまーす。
                                                     




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