───何で俺がこんなことを……。
妖貴であるとともに浮城の……というより特定の人物専属の護り手である漆黒を纏った青年こと鎖縛は、只今の自分の置かれている状況の理不尽さにしかめっ面をするしかなかった。
目の前にいるのは血気盛んな酒場のゴロツキ共である。
ついでにいうなら自分は今漆黒をその身の色彩としてはいない。
何がどうなってこんなことになったのか。
事のはじまりを説明するには少々時間を遡ることになる。
「ちょっと出ていらっしゃい、鎖縛」
長年使われる事の無かったその名を呼んだのは、言うまでもなくあの砂色の髪の娘である。呼び出された場所はとある外れ町の如何にもな雰囲気の酒場「デラ・ルヴァネラ」の前であった。
なぜこんな所に来ているのか。
答えは簡単、仕事だからだ。
この町の郊外に出没するという魔性の調査にサティン達は駆り出されていたのであった。
「何だ、何かあったのか?」
娘の前の空間が捩れて、彼の青年が姿を現す。
いつもなら素っ気ない言葉と共に出てくるのだが、仕事中ということもあってその口調は真剣なものだった。
そんな彼に対して、当の娘、サティンはその言葉に返答もせず、何か唸りながら鎖縛のことをジロジロと観察している。
「何だ……?」
こんな反応をされては青年は首を傾げるしかない。
しかし、娘は何やらブツクサ独り言を呟くだけ。
「黒目黒髪の人間がいないでもないんだけど、そんな顔してたんじゃ怪しいわよね」
「は?」
訳の分からない相手の言動に鎖縛が思いっきり眉をひそめて言った瞬間。
娘がやっと青年の視線と自らのそれとを合わせる。
そして言った。
「髪と目の色変えて、あと服装もね。人間らしくしなさい」
これには、青年がさらに不可解そうに「はあ??」と顔をしかめたのは言うまでもない。
だが、どんなに拒否したところで結局はこの娘の方に軍配が上がるのも事実であった。
髪は少し光沢のある焦げ茶色に、瞳は緑がかった蒼鉛色に。
容姿はそのままに色彩だけを変化させて鎖縛はそこに佇んだ。
もちろん訳は未だにわからない。
ただ、目の前の娘は満足そうにうんうんと頷いている。
「こんな男がそばについてりゃ、誰も近寄ってこないでしょ」
「あ?」
また理解不能な独り言を呟くサティンに鎖縛はだから何なのだと声を上げるが、サティンはこっちの話だと言って説明しようとしなかった。
「最近、身勝手さが甚だしいぞ」
「あら、そうかしら? 自分じゃよく分からないのだけれど。さ、それよりも入るわよ」
憮然とした鎖縛をサティンは軽くあしらって、その腕を掴み、グイグイと店の入り口へと誘導していった。
───無自覚な時点で十分身勝手だろう。
鎖縛はそう内心呟きながらも引きずられるしかないのであった。
カランッ、カランッ。
ドアを開くと主人に来客を知らせる音が店に響く。
一瞬集まる店中の者の視線。
普通ならこの後、客達はすぐさま自分達の会話に意識を戻すものなのだが、そうするにはその来客の者達は目立ちすぎていた。
いつもは世界中の美男美女のトップに立つに相応しい面子に囲まれているからこそ、そうそう目立つことはないが、ひとたびそこを離れればサティンは文句なしの美女であった。
その証拠に、自らもこの上ない美貌を持ち合わせた妖貴にさえ、「なかなかの美人さん」の称号を──まあ、その妖貴は今、状況が状況だけに彼女を美人という言葉をつけて呼ぶことはないが──与えられたことすらあるのだ。
そして、そんな彼女の傍に佇む、どんなに難癖をつけようともつけられるはずがない容姿の青年。その不機嫌そうな顔はかえってその美しさを際だたせている。
言葉をただただ失う者。
ひやかすように口笛を吹く者。
ほお、と感心するように自らの顎をさする者。
反応はそれぞれであったが、誰一人としてカウンターの方に向かう彼らに近寄っていく者はない。
「マスター、ちょっとお話いいかしら?」
腰をそこに下ろすことなく話しかけてくる美女に、その店の主人である中年の男は意識を向けた。彼女ににっこりと微笑みを向けられ、つい自らも笑みを浮かべてしまう。
「何でしょうか? お飲物でも?」
にこやかに問いかけるとサティンはいいえ、とかぶりを切った。
「ここの近くで魔性が出ると聞いたのだけれど、本当?」
瞬間、男は表情を強張らせた。
まあ、魔性のことなど若い女性に突然聞かれたのだ。当然の反応だろう。
が、男はただの好奇心だろうと割り切ってくれたらしい。
「いらないことに手を出すと大変なことになってしまいますよ? 悪いことは言いません。そういうことには興味を持たれない方が良い」
と忠告してくれる始末。
おまけに、冗談めかしく一言付けてきたのだ。
「いくらあなたの彼氏さんでも、魔性には敵いませんよ。男前だが、殴り合いでもしたらそこのテイル達にも歯が立たないでしょう?」
そう言って、クイッと親指でカウンターの端にいるゴロツキ達を指す。
テイルとその愉快な仲間達と言ったところか。
ニヤニヤと笑いながらこちらを伺っている。
その様子にやばいと思い、サティンは話を逸らそうとした。
が、その前に鎖縛が不快そうに言ってしまったのだ。
「あんなクズ共とくらべるな」
……と。
ああーっと頭を抱え込むサティンを余所に、ガタリッと目の据わった男達がカウンターから腰を上げる。明らかに殺気を含むその視線。
……ここから、冒頭に話は戻るというわけだ。
「聞き捨てならねーな、兄ちゃんよぉ?」
「誰が、クズだって?」
ジリジリと近寄ってくる男達。
酒場中の注目がカウンターに向けられた。
「お前達に決まっているだろう。耳が悪いのか?それとも言葉を理解できるだけの頭がないのか?」
……あっさり。
鎖縛の返答に、一気に男達の顔が怒りを露わにする。
「このっ……!!」
「その綺麗な顔、見れないもんにしてやろうかっ!! あ!?」
もう、顔を真っ赤にさせて怒鳴り上げる男達。
「ちょっと、鎖縛っ……!!」
何を馬鹿なことを言っているのか、男達を挑発してどうするのだと訴えるサティンを制止し、青年はぶっきら棒な口調で離れているように言う。
「良い格好しようなんざ、思わない方が身のためだぜ、兄ちゃん」
男の一人がカチャリとその手に片手刀をちらつかせる。
ザワリッと店中の客がそれに反応した。
が、当の鎖縛は何の反応もなくただ、眉だけをひそめて言い捨てる。
「グダグダ言ってないで、さっさと掛かってこい」
こっちだって暇じゃないんだ、と。
「この野郎っ……!!」
この上ない侮辱に思いっきり顔を怒りに歪め、刀を手にした男が突っ込んでくる。
店の幾人から悲鳴が上がった。
振り上げられる刀。
確かに青年を狙ったそれは、しかし、スルリと彼が右に避けたために空を切ってしまう。
「おわっ!?」
バランスを失った男は思わず転けそうになった。
その何とか立て直そうとする男の無防備な背中を、冷たい視線の一瞥と共に鎖縛の蹴りが襲う。
……これが、強烈だった。
何しろ男は、そのまま向こうの壁に顔面から激突するほど吹っ飛んだのだ。
グラリと倒れ、そのまま突っ伏す男に皆の息を飲む音が響き、そして沈黙が横たわった。
「……で?」
その沈黙の中、鎖縛の低い声が目の前の光景に唖然とする残った男達にかけられる。
「次はどいつだ?」
「……っ!!」
殺気を纏う鋭い視線に、男達が絶句し、カタカタと震えた。
姿は人間のそれでも、その中身は魔性。その威圧感は人間など比べものにならない。
どれだけ愚かな者であろうと、逆らって良い相手かどうかすぐに判断が付く。
……もう、前に足を進める者はなかった。
「たっく、無茶するわね、あんたもっ!!」
怯えきった店のマスターから聞き出せるだけの情報を聞き出し、散乱した店をあのままにしてそこを後にしたサティンは、鎖縛をつれて夕方の町の通りを歩きながら呆れ声を上げた。
「御陰で手っ取り早く情報収入できただろうが」
何でもなかったかのような顔をして、色彩を変化させたまま鎖縛は肩をすくめる。
物は言い様とはまさにこのことね、とサティンは内心ため息をついた。
「とにかく、まあ、力使わなかったところは誉めてあげるけど……」
しかし、これからはあまり目立たないように……と言いかけるのを鎖縛の素っ気ない言葉が遮る。
「お前に誉められても嬉しくなんぞない。それより、この擬態、もう解いて良いな?」
……可愛くない。
サティンは思いっきり顔をしかめ、そしてしばしの沈黙の後何かを思いつき、例の微笑みを添えて告げた。
「駄目よ」
今度は鎖縛がしかめっ面をする番である。
「何でだよ」
憮然とする青年の腕を掴み、サティンはまたにっこりと微笑んだ。
「せっかくだから、お買い物つきあってもらうわ」
「はあ?」
何を言っているんだと言わんばかりの青年を無視してサティンは店通りにグイグイ引っ張っていく。すれ違う人々が、振り返っては立ちつくした。
次の朝、賑やかなこの町は謎の美男美女カップル──もう仕事を終えて去ってしまった浮城の捕縛師とその護り手──の噂で持ちきりだったという。
その一つに、山積みの買い物袋を尻に敷かれた男が持たされていたという話があったとか・・・・。真実は謎のまま、である。
<fin>
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はい。鎖×サ第二弾です。如何でしたでしょうか?これはもう、人間に扮した鎖縛君書きたくて作っちゃいました。やっぱ、あの赤い人と変わらないのでしょうね。うーん。
頑張れ鎖縛君!!(笑)
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