ガンダルース大陸中心に位置する白砂原に浮かぶ地上の引力から解放された場所。
その名を浮城。
唯一、魔性に対抗できる力を持つ者達が集うところである。
その中の一室で、砂色の髪の女性がひとり、ため息を漏らしていた。
言うまでもなく、ため息の原因は一人の少女への心配。
「……今、どこにいるのかしら」
この浮城に於いて最強破妖剣士の名を欲しいままにしていた、あの美しい少女。
もう、今はここにはいないけれど。
今すぐ、会うことは叶わないけれど。
それでも、忘れることなどできるはずがないあの瞳の輝き。
……無意識のうちにサティンの口からまた、ため息が漏れる。
会いたい……とは願ってはいけない。
今現在の状況でさえ、自分は身勝手さに身を投じたままであるのだから。
彼女との関係を繋げていたいがために、少なくとも一人の存在の願いを自分は踏みつぶしている。
眠っていたかったというあの青年の想いを見て見ぬふりしているのだ。
またため息をつきそうになると、ふと、思考を遮るかのように空中から声が落ちてきた。
「おい」
いつものように、その素っ気ない響き。
「あら、鎖縛……どうしたの?」
仕事の時以外はそう頻繁に顔を出すことはない者の出現にサティンは思わず首を傾げた。その反応が相手は気に入らなかったらしい。
整った顔の眉が微かにひそめられる。
「どうしたもこうしたも、そうため息ばかりつかれたら鬱陶しくてかなわないんだよ」
「……って、あんた……ずっとここに居たの?」
なら、声ぐらいかけたらいいだろうに。
相変わらず意志の疎通のできない相棒との会話にサティンはまたため息をつきたくなるのだが、対する青年の返答は予想したものとは違うものであった。
「そんな訳があるか、どこにいようが嫌でも伝わってくるんだよ」
それぐらい分かれ、と。明らかにこちらを見下した言い方である。
これにはサティンもムッとした。
「ああ、そうなの」
苛立ちを微かに現し、あしらうように言って視線を窓の外に移す。
そうしている内に、すぐに出て行くだろうと思ったのだが、青年はなおもその場から動きそうはなかった。
「……で?」
しばらくの沈黙の後、鎖縛が腕を組んだままこちらに尋ねてくる。
「で……って、何が?」
不可解そうにサティンが聞き返すと、青年は間を置かずに答えた。
「何がそう億劫なのかと聞いているんだよ」
この言葉に、サティンは少し目を見張る。
「何? ……気に掛けてくれてるの?」
「勘違いするなよ。聞いてるこっちが鬱陶しいだけだ」
「……あっそう」
こいつはどうしてそういう言い方しかできないのかしら。
思わず握ってしまった右手の拳を左手で押さえながらサティンは顔を引きつらせた。
一瞬でも歩み寄りを期待した自分の愚かさを呪わずにはいられない。
「それで? 言ったらどうにかしてくれるのかしら?」
堪忍袋の何とやらも限界にきて、半分嫌味ったらしくサティンは言った。
先に仕掛けてきたのは相手の方だ。遠慮などしてやるものですか。
そう、喧嘩腰のサティンの質問への青年の返答。
これにサティンは青年が──魔性がそんなことあるわけないのだが──熱でもあるのではないかと思ってしまった。
何しろ、それが……。
「出来る限りなら善処してやろうよ」
であるのだ。
何か裏があるのではとは考えたが、何も思い当たる節はない。
「……本気で言ってるの?」
「嘘をついてどうする」
あっさりと言い返され、しばしの沈黙の沈黙が横たわる。
願いは何かと聞かれて、すぐさま出せる答えを自分は今一つしか持っていない。
でも、それは言葉にするにはあまりに重たく……。
「あの金の妖主の娘のことか?」
ふいに掛けられた言葉に、つい、俯いていた顔を上げてしまった。
それが、図星であることを肯定してしまったことにすぐ気が付く。
「……違っ…」
「嘘は突き通せそうな時に使え」
瞬時の弱々しい否定は青年にすっぱりと切り落とされてしまった。
サティンはどうしようもなく、また俯くしかない。
だから、次に言葉を紡いだのは鎖縛の方であった。
「連れていってやろうか?」
何処に? とは聞くまでもない。
彼女の、もとに。
「……行けるの?」
疑いを持つ声色だった。当然と言える。
彼女は追われている身故に、こちらからは居場所が掴めないようにあの絶対的な力を持つ深紅の青年がいろいろと仕組んでいるのだから。
だからこそ、妖主を両親に持つ邪羅でさえラエスリールと接触できずにいるのだ。
それをどうすればたどり着くことができるというのか。
「無理すりゃあ、どうにかなるだろうよ」
漆黒を纏う青年はあっさりと言ってのける。
「無理って……何する気?」
「あいつを呼び出すのさ」
それ聞いた瞬間、サティンはその場に凍り付いた。
あいつ……それはまさしく。
「あの人呼ぶ気!?」
確かにそれが確実な方法と言えるかもしれない。
しれないが、無謀にも程がある。
彼がそんなことを許すはずがない。
面倒事を嫌うあの青年が、わざわざこちらの願いを聞き入れるはずがないのだ。
だが、鎖縛は肩をすくめてみせて言った。
「あの娘も望んでいるなら、あいつも無視はできまい?」
その面白そうに笑う青年の様子に、サティンはやっと青年の意図を知った。
つまりは、あの深紅の青年に対する嫌がらせなのだ。
でなければ、こう自分に親切心を出したり、嫌っているあの青年を呼び出そうなどとは言い出すはずがない。
まあ、とにかくこの青年がそれを望んでいるというなら、自分もそれに便乗して自らの願いも果たせばいいのかもしれない。
いいのかもしれないが……。
「……有難いけど……遠慮しておく」
それはできない、と。そう一呼吸置いて、静かにサティンは呟いた。
その呟きに鎖縛は不可解そうに眉をひそめる。
「何故?」
「重荷にはなりたくないの」
真っ直ぐに青年の漆黒の瞳を見据えてサティンは言い切った。
そう、もし、タイミングが悪く、敵と交戦中に会いに行ってしまったら。
もし、自分が彼女と接触することで何らかの悪影響を及ぼしてしまったら。
それだけは、嫌だ。
それだけは許せない。
いつか、きっと、彼女から会いに来てくれる。
その時まで自分は待たなければならないのだ。
これは意地だ。
それしか、自分にできることはないのだから。
「いいのか?」
少し沈黙を守った後、静かな声で鎖縛が尋ねてくる。
それにサティンは目を伏せて答えた。
「……ええ」
「そうか」
返答は、たったその一言。青年の反応は思ったよりもあっさりしていた。
そしてそのまま、何も言わずにその場から姿を消してしまう。
──それならいいんだよ。
そう、最後に囁いたような気がした。
もしかしたら、本当にただ自分を心配してくれていただけなのかもしれないと少し思う。
「……まさかね」
あの青年に限って有り得ないことだ。……多分。
それでも、さっきまでの憂鬱な気分がどこか晴れているのも事実であった。
そう、だから……。
「一応、礼を言っておくわ」
もうそこには姿のない青年に、サティンは心の中でその名を呼んでそう微笑む。
窓の外の西の空は朱色に染まって、差し込んだその光がただただサティンを包んでいた。
この光はあの子にも届いているのだろうか。
ならばどうか、暗闇に捕まることなく。
何も失うことなく……。どうか……幸せで。
< fin >
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はい。いかがでしたでしょうか?私はサ×鎖派なので、ちょっとお二人に出て頂きました。まあ、あんまりラブって感じじゃないですけど、最初はこんな感じかなーと。
これからもこの二人の話は書きたいと思ってますが、微妙に難しいですよね、この二人の話って。これから精進していきます。ご感想等、掲示板やメールでお待ちしてますね。
ではでは。
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