黒鋼の翼 第一章 ・・・ 第二話(W)


「あら?」
 エレベーターの仕掛け人が誰だったのかは気になったが、それについては後々ジェルバに話を通すことにした涼子は、とりあえず74階へ戻って、レインの姿を見いだすなり首を傾げてそう呟いた。
「ガンゾはどうしたの?」
 74階のエレベーター前。
 言いつけを守ってそこに待機していたレイン──どうやら彼は、というよりここの階の人達はエレベーターが落ちたことには気づいてないらしい──の隣に、威圧感在った巨体が姿を消している。いままでセットで見てきただけに、片方だけになるとなんだか物足りなく感じた。二人があまりにも両極端であったのもその違和感を手伝っているのだろうが。
 問われたレインはというと困ったように眉を下げて返す。
「申し訳ありません。喉が渇いたらしく飲み物を……」
「はあ?」
 レインの状況説明の言葉に涼子はこれ見よがしに眉をひそめる。自分があんな目に遭っていたというのに呑気にフラフラ歩き回っていたのかと思うと、苛立ちは益々強くなった。
「……たっく、勝手に動かないでよね。面倒が増えるじゃない」
 吐き出すように言い放った涼子に、レインは一言「申し訳ありません」と返してきた。謝るくらいなら引き留めなさいよ、と涼子は心の中で毒気付く。言ったところで事態が改善されるわけではないから、敢えて口には出さないが。
「あの、ガンゾのことは結構です。子供ではありませんから人に聞いて追いついてくるでしょう。トランベル一等尉殿の貴重な時間を無意味に割くことはありません。先に行きましょう」
 こちらの顔色を気遣うように言ってきたレインの言葉に、涼子はしばし顔を顰めたまま沈黙し、そしてため息を一つ落とす。確かに、セントル内にいるというなら別段くっついていなくても問題はないだろう、と。
「……そうね、そうしましょう」
 言うなり、レインに背を向け、倉庫へと涼子は歩き出した。すぐ後から、レインの静かな足音が追いかけてくる。
 何故か。
 拭い去れない違和感が付きまとって離れない。何に対して、なのかすらもわからない。直感的なものが、さっきから警鐘を頭の中で鳴らし続けているのだ。
 警鐘?
 何を警告しているのか。
 ……わからない。
 結局はその結論に終わってしまう。
 蟠りの残るそれに苛立ちすら感じて軽く舌打ちし、涼子は歩くことだけに専念した。




     ※



 あいつはうまくやっているだろうか?
 ぼんやりと男は思った。だが、そんな疑問はすぐに振り払う。
 うまくいかなければそれでゲームオーバーだ。成功するか、失敗するか。時に些細なことでしかない場合もあるその二つに分かれる結論は、今回男にとっては生死を決めると言っても過言ではない重責を担っていた。だからこそ、失敗は許されない。否、許さない。
 今回の相手と組むのは初めてだった。初めて組む相手と、これだけ重大な任務を遂行するのは簡単なことではない。運がよかったのが、自分より相手のほうが上手だということか。足手まといになることはあっても、それを引っ張る側に回ることはない。大変相手からすれば自分勝手に他ならない考えだったが、楽をさせてもらえるならいいと思った。
 予想通り、頭を使う策略は全て相棒任せ。自分はただ、その駒となって忠実に役割を果たしていくだけだ。動かす方も下手に他人に任せるよりは自分で全て管理する方が安心できるに違いない。特に、今回組んだあの男の性格上それはよく当てはまるだろう。
 ……と、そこまで考えて、男は思考の世界を不意に停止させた。ギィッ……っと鳴った扉の音に現実世界の変化を見取ったのだ。
「……駒は駒らしく、役割を果たすとするかぁ」
 己の耳にしか届かぬほどの小さな声でそう呟くと、気怠げに体重を掛けていた壁から自身を引き離し、男──ガンゾがその口元に笑みを刻み込む。
 屈託のない、愛嬌のある笑みだった。その笑みの、……視線の先に。
 ガンゾのいる空間へと繋がっていた扉を開いた銀髪の青年があった。ガンゾを視界に入れて、何の反応もその顔には浮かび上がらない。それはまるですでに予想していたことであったかのように。そのことにガンゾは小さく目を細めたが、すぐに笑みを取り戻す。
「よお、偶然だな、シコウさんよ。資料作成とやらは終わったのかい? …しっかし、あんたも大変だなぁ……あの姉ちゃんについて回るのは体力いるだろう?」
 おかげで俺は迷子になって置いてきぼりくらっちまったと親しげに話しかけるガンゾに、シコウは笑った。
 麗しいその顔立ちに映える微笑。
「全くです。……涼子さんは隙がないから困ったでしょう?」
 ふざけるような口調のシコウの言葉の中に、ガンゾは聞き逃せない言葉を見いだしてピクリと目元を反応させる。笑みを飾った口元が微かに引きつった。
「おいおい、隙がなくて困るって…隙を狙ってどうするってんだ? 俺としちゃー、押し倒すってんならもっとお淑やかなお嬢さんを選ぶぜ。あの姉ちゃんじゃ、油断した瞬間に再起不能にされかねないからな」
「…あー、そういう下品なジョークは他でして頂けますか? 不愉快です」
 シコウの微笑みに卑下の感情が交じる。それにガンゾは苦く笑んだ。
「そいつは失礼。だが、あんたの言ってる意味が分からねーんだよな。一体何の話だよ」
「白々しい…、もう、猿芝居は十分ですよ」
 頭を掻きながら渋面したガンゾに、シコウはため息を一つついて言いきった。
 それと共に、シコウが一枚の紙をガンゾに向けて放り出す。
 髪は空気の中を流れるように進み、ガンゾの足下に落ちた。
「ついさっき、<資料作成中>に調べてきた物です」
 どうぞ、とばかりの仕草をするシコウに、ガンゾはそれを拾い上げる。
 その内容の一文に目を通すやいなや、ガンゾの顔に微かな変化が生まれた。
 何も言わず、シコウへと視線を戻す。
「レザルダントの内部情報に侵入してみたんですが、おかしな話ですよね?」
 微笑をその顔に讃えたまま、シコウの端麗な口元が言葉を紡いでいった。
「今回の研修生、男性一人に…女性一人の二名…なんですよ」
 ガンゾが握りしめる手の中で、シコウの言うように男性の名前と女性の名前がそこには明記されていた。
 シコウの視線を真っ直ぐに受け、ガンゾがシコウを見据える。
 その口元が、不意に緩んだ。
「さっき言ってた書類でも作ってるのかと思えば……」
「締切は余裕を持って迎える主義でして…。あれなら2日前に終わらせてますよ」
 穏やかに笑って告げるシコウに、ガンゾは手の中の紙でこめかみをツンツンと突く仕草をしながらしばらく思考を一巡させる。
 数秒して、苦笑しながら言った。
「そうだなぁ…レインは実は女…なんてのは…」
「面白い冗談ですが、あまり笑えませんね。ついでに言わして貰えば、その二人、身体特徴も貴方達とは重ならない」
 ガンゾの末文に被るようにシコウが言い放つ。そしてそのまま、相手に口を挟む隙すら与えずシコウは続けた。
「単刀直入に言わせて貰います」
 息を一つついて、見上げた紫炎の瞳がガンゾを射抜く。
「……貴方達は、レザルダントの者ではありませんね?」
 ピクリ、と。
 シコウの言葉に、ただ一瞬だけガンゾは眉をひそめ、そしてひそめたまま、シコウを見詰めた。
 沈黙が生まれる。
 交差する、視線。
 そして…。
「…なるほど。全部、お見通しってわけか……」
 そう、ガンゾが観念したように、けれど抑え切れぬ興奮を含んだ声で呟いた。



      ※ 




 74階の連絡通路を渡ってすぐの細い通路。
 その倉庫への道は薄暗いものだった。長年空っぽなわけであるから、もちろん、ここに来る者も数えるほどいるかいないかである。清掃係も最早この場所まで手を回していないのだろう。床の端々に埃が溜まっており、至る所にシミが出来上がっていた。
「暗いから足下に気をつけないさいよ」
 後ろをついて歩くレインに涼子が声を掛ける。いつもは律儀に返事をするのに、今回だけは返答はなかった。ただ頷いただけなのかもしれない。とにかく無言でついてくる。
 胡散臭い…。
 一度脳に刻み込んだ言葉が、また涼子の思考に浮かび上がってきた。そうこうしている間に倉庫前の分厚い鉄板のような扉の前に来る。涼子はベルトの横に引っ掛けてある小物入れの中を右手で探り、金属の冷たい感触を感じ取って、そこから引きずり出した。鍵の束が姿を現す。通常、セントルではカード式の鍵が使われている。ただ、できて当初の時は全て鍵式だったため、各部所ではまだ鍵式の扉が残っていた。だから、涼子にしろ、シコウにしろ、常にこの鍵の束を持ち運ばねばならない。まあ、あまり同じ形状のものが重なっていないのが救いである。そこから、あらゆる種類の鍵の形状を見取って、涼子は一つを選び出した。それをそのまま、無造作に存在する扉の鍵穴に差し込む。しばらく使われなかったせいで錆びているのか、なかなか回らない。2,3度繰り返していると、やっと耳を塞ぎたくなるような甲高い音がその場に響いて扉が開いた。
「ここよ」
 そう言って、涼子は倉庫の中に足を踏み入れる。
 そこを、三歩か四歩行ったところで…。
 …瞬間、涼子の背筋を悪寒が走った。
 本能の命令に従うがままに、一気にその場で身を屈める。
 その刹那。
「っ!!」
 涼子の首が在った場所を、鋭い一閃が勢いよく横に薙いだ。床に手をつくと同時に振り返った視線の先に、男レインの感情の無い顔が在る。その手に、一振りの短剣が握られていた。ついさっき、涼子を狙った剣である。軽く舌打ちし、涼子は屈んだ勢いのまま男の足を払うように、右足で地面スレスレを水平に弧を描いて振り切った。が、男がすぐに後方に飛び退いたため、それは空を切る。レインがふわりと直地するとともに出来上がる、二人の隔たり。
 涼子は相手を見据えたまま、ゆっくりと起き上がった。
「いやはや、さすがです」
 それを見取って、レインの顔に笑みが浮かび上がる。
 「穏やか」な、あの笑み、である。
「冗談…で済む問題じゃないわよ?」
 それを見返す、涼子の目には殺気。
 今までの経験からいって、今の相手の攻撃が明らかに殺意があるものであったのを知っているからこそ。だが、男は何の悪びれる様子も無くただ笑っていた。
「もちろんです。冗談と取って貰ってはこちらも困りますので」
 その言葉、に。
 涼子が、眉をひそめる。
 不可解げに。
 呆れさえも含んで。
「あんた…気は確か? それともレザルダントはセントルに潰されたいのかしら?」
 セントル・マナが誇る黒鋼の翼の片翼、涼子=D=トランベル。
 彼女に危害を及ぼすことが何を意味するのか、いくら何でも知らぬわけではあるまい。間違いなくその加害者が所属する組織は根絶させられるだろう。それだけの価値が彼女にはあり、彼女自身それを過信でも何でもなく自覚していた。よって、この男の行動はあまりにも無鉄砲、無謀…としか言い表すことが出来ないのである。
 だというのに、やはり男は笑っていた。おかしそうに肩を竦めて、「どうぞ、ご自由に」とでも言わんばかりなのだ。その様子に涼子はじっと相手を見詰めた。
 そのまま、問う。
「…目的は、何?」
 男が、その涼子の鋭い視線を受け止めて、答えた。
「貴女の体です」
 男がそう言った瞬間。空気が…少なくとも涼子の周りのそれが、凍り付く。涼子の顔が明らかに目元が引きつるように歪み、そしてそのまま言い放った。
「…あんたにそういう言い方されると鳥肌立つから止めてくれる?」
 本当に鳥肌が立っているのだろう。涼子は顔を引きつらせたままその両肩を両手でさすっている。
「おや、では誰ならいいんですか?」
「……あんたに関係ないでしょ」
 すぐさま返ってくる質問に、涼子はさらに眉をひそめて吐き捨てるように言った。対する男は「おやおや…」と苦笑して肩を竦めている。
「まあ、語弊がないように言いますと、セントルの身体的能力の変換を受けた貴女の体…とでも言いましょうか…」
 抑揚のない冷めた響きの声でレインは淡々と言葉を口にした。藍色の瞳に浮かぶ光も、それと同じく冷たい。別に温かい眼差しなど欲しくはないが。ただそれを聞くなり、涼子はこれ見よがしに嘆息した。
「…そういうこと、ね。…エレベーターもあんたの仕業ってわけ」
「ご名答です。…貴方は生け捕りにさせてもらえるほど余裕のある相手ではありませんからね。いっそ動かぬ死体になって頂いた方が早いかと…」
 ───まあ、調査するには生きて頂いていた方が何かと好都合なのですけれど、贅沢は言えませんから。
 そう、笑って言ってのける男。
 涼子も…笑う。
「良いわね、そういう手っ取り早くて後先考えない行動。気が合いそうで好きよ?」
 まあ、気に食わないところを差引きすれば結局は大きくマイナスに終わるのだが。
「それは良かった」
 男がそんな涼子の心中など考えずに答えた。
「こちらとしても時間は掛けたくありませんので…」
 ──手短に、行きましょうか?
 そう、男の言葉が紡がれると、ほぼ同時…に。
「!!」
 危険を察知した本能が涼子を反射的に突き動かす。
 レインとは別の涼子への殺気。しかも複数、である。
 後ろに飛び退いた涼子が頭でそれを認識した時、涼子が今までいた場所に四つの影が落ちた。躊躇いのないそれぞれの鋭い刃が床に突き立てられる。上から、刺客が涼子目掛けて飛び降りてきたのだった。
 攻撃の音の余韻が倉庫内に響き渡る中。剣先を地面にめり込ませたままの状態で影達は、ピクリとも動かず停止している。
「…何よ、これ」
 その異質な光景を見遣り、飛び退いた体勢のまま涼子が堅い声で呟いた。
 …不意に。
 レインが右手で指をパチンッと鳴らす。それを合図に、ビクンッと影達が体を振動させてゆっくりと、そしてぎこちない動きで涼子に向き直った。
 涼子は彼らを見て、思わず目を見張る。
 全員、10代くらいの子供達であった。その上、その中の一人は10才になったかならないかである。
 ――…若すぎる。
 そう、涼子は驚愕する。
 仮にもセントルに刺客として送り込むのだ。もっと経験ある者がその役割を担うのが普通だろう。いくらなんでも滅茶苦茶だ。
「レイン……これは一体…」
 どういうことなのか?
 聞きかけた言葉は再び鳴らされた男の指の音に遮られる。瞬間、微動だにしなかった少年、少女達が一斉に涼子に襲いかかってきた。
「っ…くっ!!」
 四つの刃が微妙なタイミングで涼子を攻めてくる。まるで綿密な機械で計算されたような動き。
 涼子は焦燥を隠せないまま自らへと突き出される鋭利な刃を捌いていった。
「レインッ!!」
 涼子が叫ぶ。
 明確な返答を求めて。
 あまりにもこの状況は異常なのだ。
 このような子供が刺客としてここにあること。その動きが、年齢不相応なものであること。
 そして……。
 違和感を感じずにはいられない、彼らの瞳。それは明らかに、死人の宿す光を持っていた。無機質で感情など欠片も見出せない、それ。ただ、レインの指が鳴らされる音にのみ反応して。
 これではまるで………。
「………」
 ───まさか…。
 涼子の頭の中に一つの解答が用意される。
 が、すぐに否定した。
 いや、そんなはずがない。仮にもレザルダントは犯罪管理機関だ。それがこのようなことを犯せるはずがない。ばれなければいいといったレベルの問題ではないのだ。
 …だが。
 だがしかし。
 この状況を説明できる言葉を自分は一つしか知らない。一つしか…考えられない。
 けれど、それでは歪みが生じる。辻褄が合わない。
 …つまり、どこかで何か間違っている。何かが掛け違えられて、いる。
 どこで?
 一体何が…────。
「………――」
 涼子がピクリと目元を反応させる。繰り出される攻撃を防ぎながら、涼子は思考の果てに導き出したのだ。全てが一本の線に通じる事実を、見つけた。
「レイン…あんた…」
 剣呑な響きがそこにあった。だからこそ、先ほどから涼子の呼びかけを無視していた男も耳を思わず傾ける。その男に涼子が告げる。彼女が悟った真実、を。
「レザルダントじゃなくて、…犯罪組織の一員なんじゃないの?」
 …男が一瞬、顔に微かな反応を示した。それこそが涼子の仮定を現実のものへと変換することを肯定する。
 この年若き刺客達。この様子。この雰囲気。
 人格を、自我を捨てた者の末路、だった。否、捨てさせられた…というべきか。
 …その脳に、チップが埋め込まれているのだ。
 SLE能力を増大させることを可能にするその処置。その代償が、自己の消失。それでさえ成功したらの話だ。手術の途中で五割は死亡する。あまりに危険なそれに、手を出した犯罪管理機関はない。…出せないのだ。その体裁故に。
 手を出す可能性がある組織が存在するとしたら、それは犯罪管理機関ではなく。
 最早その罪を犯すことを存在目的とする組織……SLE能力犯罪組織、なのである。
「ばれましたか…」
 残念そうに、だが、大してそのことを気に掛ける様子もなく男が呟く。その顔から笑みが消えることはない。
「その通りですよ、トランベル一等尉殿。私は…私とガンゾはレザルダントの人間ではありません」
 そう、アッサリと言ってのけた男に涼子は一拍おいて問いただした。
「本物の研修生はどうしたの?」
 確か、レザルダントを出るところまでは確認されていたはずである。今朝のレザルダントからの報告で研修生はすでに出発したとされていたとシコウは言っていた。
 ならば…。
「旅の道中で帰らぬ者となって頂きました」
 その、なんの感慨も感じられぬ言葉に。
 右側から心臓目掛けて繰り出される刃をセントルの愛剣で受け止めながら、涼子は顔を顰める。
「…最低、ね…」
「何とでも。…手段は選んでいられないのですよ。我が組織が…いや、私が身体的能力を得るためには」
 そう言ったレインの瞳には炎が滾っていた。
 身体的能力。
 どれだけそれを自分は待ち侘びたことか。これだけのSLE能力を持ちながら、ただその還元方法がわからないというだけで本来得られるはずのものを今までずっと無碍にしてきた。この無念さが心にこびり付いて離れない。早く昇華しなくては。
 SLE能力犯罪管理機関などのように還元方法を編み出すのを待っていられない。
 ならば奪えばいい。
 目の前にそれがあるのに、手を出さないなどこれほど馬鹿げたことはあるまい。
 それが自分の組織の方針であったし、自分自身大いに賛同できる考えだった。
 そして選ばれたターゲット。
 身体的能力の還元方法を取得し、その権威を誇るセントル・マナ。
 その、最高傑作の騎士。
 ──涼子=D=トランベル。
 彼女を捕らえ、その還元方法を暴く。彼女の生死は厭わない、と言われた。その体さえあるならば、と。
 何と都合の良いことだと、思った。女の身で有りながら、セントルの最高技術を受け君臨する騎士。…憎くなかったはずがない。恨めしいと、何度唇を噛みしめたことか。この際、その蟠りも晴らしてしまおう。彼女に、死を捧げて。
「それで? この子達の頭にチップはめ込んで、SLE能力増幅させて、侵入しやすいここの倉庫にステージを用意して……」
 男の思考の中に凛と響く声が入り込んでくる。涼子がこちらを見据えていた。四人の刺客の攻撃を、視線を配ることすらなく防いでいる。
「…私一人のためにこの子達殺したわけ」
 嫌悪の響きの隠せぬ声だった。男は一笑する。
「人聞きの悪い。…生きているではありませんか、彼らは」
 現に、立って、動いて。
「捨てられた彼らを拾ってやってここまでの力を与えてやったのです。感謝してもらいたいくらいですよ」
 そう、笑ってさも本心のように告げる男に。
「…虫酸が走る」
 涼子が男への嫌悪に顔を歪めた。剣先が涼子の頬を掠める。そこから細い血の線が空気中に引かれた。さらに涼子の額目掛けて刃が振り下ろされる。他の相手の剣を受けたまま涼子はクルリっと右足を軸にして体を回転し、それを避けた。
「…攻撃しないのですか?」
 高見の見物を決め込んだレインの疑問の声が耳に届く。
「生憎、戦う意志もない相手に差し向ける剣なんて持ってないのよ」
 彼らが振り扱いやすいように、であろう。極端に細身に削られたその剣を勢いよく弾き返して、涼子が皮肉げに笑った。
「彼らに殺意は十分あると思いますが?」
 レインがそれに嫌味な返答を返してくる。
「あんたの、でしょう? この子達操ってるの、あんたなんだから…ねっ!」
 それにさらなる嫌味を重ね、涼子が勢いを持って一気に四人の剣を捌く。
 同時に、その場に響き渡る高く鋭い音。
 ──耐久性に芯を置かれていないその四つの刃は、脆くも折れた。
 為した涼子の口元には麗しい微笑。それを見取って、レインは眉をひそめてすぐに指を鳴らす。
「戻れ」
 その命令を耳にするなり、自己を失い、為すがままに操られる子供達はレインの後ろへと跳びのいた。折れた四つの剣先だけが涼子の傍に残される。
「…いや、恐れ入りました。ここまでの強さとは……予想外でしたよ」
 一列に並ぶ少年・少女達を後方に従えて、レインが賛辞の言葉を口にした。
「じゃあ、さっさと諦めれば?」
 それに、大して感動した様子もなく涼子が吐き捨てた言葉。だが男に従う気は皆無だった。
「そうはいきませんよ。…まあ、こっちにとって都合の良い予想外のこともありましたし…」
「…?」
 全く余裕の崩れぬレインの表情に、涼子は怪訝そうに首を傾げる。
 男はただ、笑った。
 笑ってそのまま、右手を掲げる。
 ――パチンッ
 幾度と鳴らされた音。
 それを涼子が認めたとき。
 折れた剣を、四人が構えた。
 ── 自らの喉元、に……。






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