黒鋼の翼 第一章 ・・・ 第三話([)


 涼子は自室でベットの上に仰向けで身を投げ出し、匿名で届いた手紙を見上げていた。
 天井の明かりが微かに透けて、紙の材料の模様がうっすらと浮かび上がっている。
 幸せな雰囲気が文章のそこかしこに見られ、涼子は最初こそ穏やかな心中でみていたが、最後の方は嫌味に思えてきて最後の締めのところでは眉間に皺が寄っている状態だった。
「まあ、めでたしめでたし…って感じ?」
 そう呟いてお礼の手紙をベットの備え付けの机上に放り投げる。
 囚われのお姫様は運命の人と逃避行の末、穏やかな場所で幸せに暮らしましたとさ。
 おまけに悪の王子は親に勘当されて勧善懲悪、なんとも立派な幕引きである。
「………」
 涼子は静かにため息を吐く。
 薬の影響か数日経っても体の倦怠感は取れていなかった。
 おかげでこうやって自室謹慎中だ。
「…ったく、シコウのヤツ神経質すぎるわよ」
 部屋で療養するようにと、譲らぬ姿勢で告げてきた銀髪の青年の姿が閉じたまぶたの裏に浮かぶ。
 あのときの青年は妙に有無を言わせぬ気配を纏っていた。
 そう考えると、涼子はふと思う。
 彼は今、自分を外に出したくないのではないか。
 その口実に薬の後遺症を上げているだけで。
「……何でよ」
 その理由がわからない。
 思考するが、しばらくするとすぐにどうでも良くなってくる。
 この倦怠感のせいだろう。
 ――ああ、もう次にシコウが来たときに問いつめればいいか。
 そう結論づけて涼子は目を閉じる。
 すぐにその意識を闇へと誘う睡魔。
 そのまま深く深く意識は沈んでいく。














 目を開く。

 涼子は荒れ野に立っていた。

 夢だ。

 すぐに悟る。

 視界一面、何もなかった。

 草も、花も、家も、人も。

 これではまるで。




 ────サン・ラプスの再現ではないか。


 そう思った瞬間、涼子は自分の夢の中にもう一人存在しているのに気づいた。

 青年だ。

 顔は分からない。

 何かモヤがかかっているように、はっきりしない。

 ただ分かるのは彼がこちらを見ていること。

 そして笑っていること。

 それだけだった。

 涼子が呆然と彼を眺めていると、不意に青年が涼子を指さした。

 嬉しそうに。

 ただ嬉しそうに。


 ……嬉しそう、なのに。






 彼は泣いていた。










………さん………
……うこ…りょ…さん…






「涼子さん!」
「!」
 本当に覚醒すると、目の前には相棒たる銀髪の青年がいた。
 今回の件の報告書は提出し終えたのだろう。
 それが終わってから、此処に来ると昨日言っていたから。
 しかし何故かその顔はひどく慌てている。
 そう…何か心配しているように。
「…一体、どうしたんですか?」
「…どうしたって…何がよ」
 寝起きの怠い体を起こしながら問えば、青年は不思議そうに涼子を見つめた。
「何がって……」
 欠伸を噛み殺すように口元に手をやった涼子は違和感に気づく。
 指先を濡らす、冷たい感触。
「涼子さん、貴女…泣いてますよ…?」













 どうしようもない時がある。
 望んでもいないことを必死に遂げようとして。
 分かっているのだけれど、どうしようもない。
 無意味なのに。
 止めることは叶わない。
 そんな途方もない願いを、お前も……まだ望んでいるのだろうか。
 ああ、だが。
 望んでいてもいなくても。
 きっと私は止まらないだろう。

 ――愛しい子は、できるだろうか。

 ――愛しい子は、為してくれるだろうか。

 ダイス。

 お前はどう思う?


 ……ああ

 だが、お前の答えはないままに。


──今、もう一つの運命の輪が確実に動き出してしまった──





                    第三話:ハンファレル  終
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