黒鋼の翼 第一章 ・・・ 第五話 ([)



 ほぼ、成功といっていいだろう。
 人気のない地下の階まで辿り着いて、ジェナは自分の決行した作戦にそう評価を下した。今頃慌てふためいているだろうあの女騎士を思って、思わず笑みが漏れる。四仙の護衛という責任の重い任務でしくじったのだ。おそらく、相当の報いがあるはず。
「シコウ兄様もこれで……」
 解放されるはずだ。あんな人の片翼なんてものから。そして、また、前みたいにずっと一緒にいられるようになる。
 そこまで思い至って、ホッと息を吐き出したジェナはそのままその場に座り込んだ。幾分落ち着いた心持ちで改めて自分のいる場所を見渡す。太陽の光の届かないそこは、ただ非常灯だけが薄暗く照らしていて、正直、あまり長居したい場所ではない。今は何も置いていないが、倉庫代わりに使われているのだろう。思ったよりも開けた場所になっていて天井もかなり高かった。
 あと一時間くらいはここに身を潜めていようか。本格的な捜索が始まればそれ以上は難しいかもしれない。せいぜい見つかった時は怖がって泣いているフリでもしてやろうと、悪巧みに笑みが漏れる。停電になった際に誰かに手を引かれて連れてこられたのだと訴えてやるのだ。当事者のほとんどは自作自演だとすぐにわかるだろうが、そんなことは問題でない。あの翠老がこの機会を逃すはずがないのだから。燗老の目をかけている騎士ということで涼子は翠老にとっても目の上のたんこぶなのだ。これ以上、ジェナが何もしなくても、今回のことは大きな騒ぎに仕立て上げてくれるだろう。
 燗老だって、四仙の自分が関わっている以上、強く涼子の擁護にでることはできないに違いない。暗黙の了解で、涼子の失態は問われることになる。
 それで、最終的に全てはジェナの意図通りに纏まってくれるはずだ。
 思ったより簡単だったわねと、ジェナが一人、そうほくそ笑んだ時だった。何気なく視線を送っていた先、遥か遠い位置にある非常灯の光に影がちらついたように見えた。思わず息を呑んで、口元を押さえる。だが、まさかこんなところに人がいるはずがない、見間違いだとまた気を緩めかけた瞬間、今度は決定打となる足音が複数聞こえてきた。
 嘘だ。もうこんなに早く、捜索の人間がここに辿り着いたのだろうか。
 少女は慌てて地上に繋がっている階段の入り口のところから、コンクリートの大きな柱の影へと移動して身を隠す。
 足音は徐々に大きくなり、話し声もチラチラと聞こえだす。声音を聞いている限りでは、どうやら男達らしい。カチャカチャと歩く度になっているのは、帯刀している剣だろうか。思わず覗き見たい気持ちを押さえ込み、ジェナは柱の裏でじっと息を殺した。
 ついに、先頭を歩いてる男の声がはっきりと少女の耳に届く。
「とりあえず、今はかなりの人間が闘技場内に混雑してるからな。そうそう怪しい行動でもしない限りは目に付くことはねぇ」
「一般客もかなりの数いますからね」
「わざわざ騎士や巫女がわらわらしてるとこに乗り込んできてるなんて思いもしねぇだろうよ」
 耳に入ってきたその会話にジェナは眉を顰める。何か、おかしい。笑い声。嘲っている。何を。セントルを?
 セントル=マナの、人間が?
「それで、シコウ=G=グランスの居場所はわかってるんですか」
 ブツブツとショートしかけていた思考回路が繋がった瞬間、ジェナは思わず声を上げそうになった。なんの冗談だろう、これは。セントルの騎士ではない。明らかにこの者達は不審者だ。
 どうやって? どこから? 一体、何の目的で?
 予想を遥かに超える最悪の状況に動悸が激しくなる。しかも、今その口から聞き捨てならない名前が挙がらなかったか。
 肩を揺らして笑っているらしい端に見える男の影が、小刻みに動く。ただ、それだけのことが異常なほどに恐ろしく目に映る。
「ああ、本当なら特別閲覧室で試合観戦でもしてるとこなんだろうがな。今回は、燗老からの依頼で機密情報の処理を頼まれてるらしい。涼子=D=トランベルの決勝があるから、闘技会場の建物内の機械室でやってるはずだ、おそらく一人でな」
 ククッと笑いながら答えた男の言葉に、ジェナはゾクリと背筋を凍らせた。男達の狙いは他ならぬ、あの青年なのだ。それを知って、余計に焦りが募る。
「まあ、仮に他に人間がいようと問題ない。助けを呼ばれる前に仕留めちまえば済む話だ」
 そうですね、と他の男が言って笑う。足音はジェナのいる柱のすぐ裏側まで来ている。このまま階段を上っていくのだろう。
 どう、しよう。
 ジェナはトクトクと早鐘を打ち続ける心臓の音を聞きながら焦燥に追われる。今、出て行ってこいつらを捕まえてしまおうか。だって、自分は四仙なのだからきっとできるはずだ。けれど、あまりの突然のことに手も足も震えてしまって、身動きが取れそうにない。かといって、ここでこの男達を止めなければ、シコウが危ないのだ。やら、なくては。
 ……でも、今ここで自分がやる必要はないのではないか。
 ふと脳内で囁かれた言葉にジェナはハッとする。そうだ。こいつらが出て行って、すぐに自分も上に戻ってこの状況を誰かに伝えればいい。そうすれば、何事か起こる前にすぐに警備の者が捕らえてくれるはず。
 そう、そうだ、そうすれば。
 唐突に、足音が止まる。スゥッと僅かに息を吸い込む音がして。
「で、そこに隠れてんのは誰だ?」
「――ッ!」
 息を呑んだ喉が引き攣った。その気配を感じ取ったのか、男の声に嘲笑が混じって響く。
「気配がただ漏れなんだよ。そんなんで、まさかセントルの騎士や巫女ってんじゃないだろう?」
「…………」
 真っ直ぐに自分に向けられた複数の視線をコンクリートの柱越しに感じて、ジェナは震える体を気力で押し込み、唇を噛み締めた。どうする、どうする。
 ――こうなったら、自分がやるしかないだろう。大丈夫、きっと、大丈夫だ。
 自分はセントルの誇る四仙、なのだから。
 言い聞かせるように心中でそう呟いて、たっぷりと息を吸って吐いた後、少女はゆっくりと足を踏み出した。
 薄暗い場所で、柱から姿を現せば、男達の姿もこちらから見える。先頭の男の顔に走った傷跡と、その鋭い目元を目の当たりにして、思わず鼓動が跳ねた。男は値踏みするように目を凝らしてこちらを見つめていたが、やがて、その目が大きく見開かれる。
 そしてすぐに、その口元に押さえきれないとでもいうかのように歪んだ笑みが浮び上がった。
「……おいおい、こりゃ天からの思し召しってやつかぁ?」
 何かに呆れたように笑う男の、その狂喜した目が、ジェナの体を射抜く。
「まさか、あんたがこんなところにのこのこ出てきてくれるとは思わなかったぜ? 四仙の綾……ジェナ=K=フリード」
「………何、よ」
 掠れる声に、自分が追い詰められている気がして、ジェナは声帯に力を込めて声を必死に絞り出した。
「何なのよ、あなたたち。シ……シコウ兄様に何かする気だったの!?」
「ん? ……ああ、さっきのを聞いてたわけか」
 軽い口調で言葉を紡ぐ男は、後ろの男達と笑いを共有しながら、ジェナの言葉に答える。
「大したことじゃあ、ない。ちょっと俺たちと一緒に来てもらおうと思ってただけだ。まあ、俺たちとしては……」
 猛禽類のような目が舌なめずりするようにジェナを捕らえて、嗤う。
「あんたでも、構わないんだぜ?」
「ッ!」
 晒される強烈な悪意に、無意識に一歩退いていた。けれど、にやけた幾つもの顔を前に、恐怖よりも先に四仙としての矜持がジェナの心を鼓舞する。
「生憎だけど、あんた達についていってあげる気はないわ! 私に見つかった以上、もうあんた達は捕まったのも同然なんだから!」
 自分が、四仙とわかっているなら、それがこの場で意味することも相手は理解しているはずだ。だが、彼女の啖呵を聞いた男達は一瞬の静寂の後に、あろうことか、はじけた笑い声を上げたのである。
「何よ!」
 少女が思わず顔を赤くして、不遜を咎めると、あの男が笑いの淵から答えを返す。
「いやいや、井戸の中の蛙ってのはまさにこのことかと、ね」
「……な」
 何ですって? と問いかけた言葉は、途中で不自然に途切れた。あの男が、一瞬視界から消えたのだ。あまりに突然の出来事に、わけも分からず、残ったその後ろの男達の顔を呆然と見ていると、唐突に足を掬われた。崩れたバランスに短い悲鳴を上げて、受身も取れずに地面に転がってしまう。強かに腰を打って、顔を歪めたその刹那、眼前に刃先を突きつけられた。凍りついた表情で相手を見上げると、卑下の嗤いに見下ろされた。
「お嬢チャン、SLE能力ってのはな、能力値が高いだけじゃお話にならねーんだよ。引きこもりのあんたらにゃ、戦い方ってのがすっきり抜け落ちてる。それが、<こういう場面>において、どれほど致命傷かわかるかい?」
 落とされる残酷な声に、極度の緊張に強張りながらも、咄嗟に右手に力を込めようとした瞬間、「おっと」と、男の呟きとともにすかさず刃先が数ミリ近づいて一気に体中が硬直する。
「あんたが力を発動させようとした瞬間に、こいつが脳天を突くぜ?」
「……、ぁ…」
 完全に恐怖に固まったジェナを前に、男が嗤って告げる。
「出せない力なんざなぁ、……ないのと一緒なんだよ」
 高笑いを押し殺すようにクックッと肩を揺らして笑う男。まったく、なんでこんな好都合な状況になってんだか、と幾分不可思議そうにしながらも、予想外の成果に機嫌はすこぶる上向いているらしい。声はさらに弾みをつけて投げ出される。
「案外、前線に出てるシコウを狙うより簡単だったみたいだなぁ、ん?」
「………っ」
「……さて」
 ガタガタを震えるしかできないジェナの姿に触発されたのか、ふと、男の目に嗜虐の色が灯る。男はそのまま己の唇を舌なめずりし、ゆっくりと顔を近づけてきた。
「人質としてなら生きてりゃそれで十分だよなぁ。……なあ、腕の一本でも見せしめに落としとくか?」
 死にゃーしねぇだろ、と男は笑って囁くように告げる。だが、目は本気だった。それを悟って、少女は嘘、とサーッと血の気が引くのを感じる。「いや」と言ったはずの言葉は恐怖で掠れ、吐息にしかならない。男の後ろ男達も笑みをもって様子を見守っており、男の残虐な提案に異議を申し立てる存在は期待できそうになかった。
 怖い。……怖い、怖い。助けて、シコウ兄様!
 男の右腕が剣を手にしたまま、少女をいたぶるようにゆっくりと振り上げられる。本気だ。本気で腕を切り落とす気なのだ。残忍な笑みがさらに左右に引き伸ばされる。
「―――嫌ぁっ!」
 血が、弾けた。
 ジェナは恐怖に呑まれて、硬く目を瞑る。
 生暖かい血飛沫が頬に当たるのを感じて、少女は襲い来るだろう激痛を思い、体を震わせた。だが、そのまま待てどそれは一向にやって来ない。不審に思った少女は硬く瞑っていた目をやっとの勇気を以っておそるおそる開ける。有難いことに腕はまだ自分の体についていた。そして、目の前にある背中は。
「…………」
「……あー、クソ、半歩遅れた」
 苛立つように舌打ちする声は、あまりにも聞き覚えがあるもので。
 ジェナは目を見開く。
「……りょう…こ……?」
 呆然とするジェナの唇から、その名が零れた。
 男の振り落とした剣の刃は、<彼女>の剣に受け止められながらも、それに勢い勝って彼女の肩に食い込んでいた。少女の頬だけでなく、目の前の女性自身の襟元や頬にも、斬り付けられた際に跳ねたらしい血飛沫がついており、さらに、今まさに刃が食い込んだままの場所にも、紅い血がジワリと染み出てくる。それを目の前で見つめて、ジェナは喉を震わせ、息を呑む。自分のことではないのに、想像しただけでその激痛がこちらにも感じられて思わず卒倒しそうになった。
 だが、当の本人はというと痛みなど顔に微塵も出さずに二度目の舌打ちを落とすなり、柄を握る手に力を込め、力任せに相手の剣を大きく弾き返す。突然の第三者の登場に目を丸めていた男は、そのまま勢いに押され、反動で二三歩後ろへとふらついた。同時に、刃の抜けた女性の患部から当然の如く、夥しい量の鮮血が溢れ出す。ジェナは今度こそ「ひっ!」と小さな悲鳴を上げた。
「お前っ……!」
 男は女を見据えて目元を歪めた。
「涼子=D=トランベル!」
 女騎士は乱暴に傷口を左手で押さえつけ、自分の名を叫んだ相手を睨み据える。
「どうも。こっちはあんたらが、どこのどいつだか知らないけどね……セントル内に入ってくるなんて随分と度胸あるじゃない?」
「…………ッ」
 険を含む視線に晒されて、男達の顔に一瞬の焦燥が過ぎった。だが、それも数秒のこと。何を思ったのか、男達は思い直したようにふと顔を引き締めると、それぞれに剣を引き抜いて構えてきたのである。その様子に涼子が片眉を小さく上げて見返せば、一番前のあの男が口を開いた。
「あんたに出てこられちゃ面倒だが、こうなっちまったもんは仕方ねーな。……どうやら幸運にもあんた一人だけらしいしな」
 冷静に状況を理解するなり、自分達に利があることを悟ったらしい。男が捕食者の笑みを取り戻す。その笑みに怯えながら、少女が男の言葉を辿るように視線を移せば、涼子の肩からはどす黒い色をした血がポタポタと床に落ちていた。その小さな音がさらにジェナの不安を煽る。 
「りょ……涼子……」
「あんたは、下がってなさい」
「でも」
 そんな傷で、戦えるのか。しかもこんな大勢相手に。
 血の滴る涼子の右肩を見つめ、ジェナは蒼白の顔のまま声を出す。それに、涼子は相手を見据えたまま、少女には見向きもせずにその冷徹な声だけで、切り捨てた。
「邪魔だっつってんのよ」
「―――ッ!」
 容赦ない言葉に小さな体が凍りつく。あまりの恐怖と屈辱とに眩暈を感じながらも、ジェナには言い返す言葉がない。この人の言うとおりだ。自分には何もできない。どうすればいいのか、わからない。
 服に皺が寄るほど、胸元を握り締めれば、そこに燻る鈍い痛みが輪郭を晒していく。
 なんで。なんで自分はこんなに弱いのだろう。嘘みたいだ。だって自分は四仙なのに。強いのが当たり前なのに、なぜ、これほどまでに無力で、人の背後に隠れていなければならないのだろう。
『綾様はとても素晴らしいですね』
『最年少でいらっしゃるのに、魁様に次ぐ能力値をお持ちとは』
『綾様に敵う者はおりませんでしょう』
 当たり前に受け止めていた賛辞が耳元に蘇る。
――嘘つき。
 駄目、だったではないか。こんなにも、無力だったではないか。
『案外、前線に出てるシコウを狙うより簡単だったみたいだなぁ、ん?』
『邪魔だっつってんのよ』
 こんなにも、見下されているではないか。四仙のくせに。
「…………っ」
 悔しさのあまり視界が滲んでポロッと涙が零れた。だが、この場面で彼女の涙に気を使ってくれる存在はない。それで、良かった。誰にもこんな涙を慰められたくはない。
 男は涙を流すジェナに視線を向けたが、白けた顔を見せただけでそれを揶揄することはなかった。屈服した存在を甚振る前に、膝をつかせるべき人間がまだ残っていると、その目は涼子の方へと視線を移す。
 涼子の指の隙間から赤い体液が隙間を縫って這い出てくるのを見て、男は自然と口端が吊り上っていくのを自覚した。
「お飾り守って劣勢じゃ、目も当てられねーな」
 余裕をかざし、男は嘲笑交じりに涼子を言葉で弄ろうとする。だが、当の相手は表情一つ動かさずに短く返してきた。
「誰もこいつ守るために庇ったわけじゃないわよ」
「………?」
 じゃあ何だと眉を顰めて見てくる男に、涼子は鼻先で一笑する。 
「こいつに怪我ひとつでもつけたら、護衛の私の名誉に傷がつくから、それだけよ」
 淡々とした口調は静寂に響いて、それを聞いた男達は一瞬どう反応すべきか迷った後、ぎこちなく苦笑といえる類の笑みを浮かべることに成功した。
「噂通り、自由人だねぇ、セントルのトップ騎士さんは」
「あぁ、それから、」
 男の声を無視するように遮って、涼子は口端を吊り上げて相手を見下す。
「この程度の怪我くらいで自分達が優勢なんて都合のいい夢、見ないでくれるかしら?」
 告げるなり、涼子は傷口を押さえ込んでいた左手をおもむろに外し、血に濡れた手のひらの、その親指の付け根の辺りを、ペロリと舌で舐めてみせる。そして、ただ力なく柄を握り締めていた右手から、その左手へとゆっくり剣を引き渡した。事実、右腕の感覚はほとんどないが、そのことに焦りは特に感じない。十分だと、涼子は思った。この片腕だけで、十分に勝てると。
 思わず漏れた笑みは、強がりなどではなく、真実、己の勝ちを確信して生まれた。
「こちとら、あんたらと同じ未開地区出身でね。生傷負っての戦闘なんて慣れてるのよ」
 カチャリと、剣先とともに、女騎士は酷薄な視線を男達へと差し向ける。
 弱肉強食の世界を知っている目、だった。
「――……っ」
 その表情に、ゾッと男達の背筋を何かが駆け上がり、たった一人の敵を蒼白の顔で食い入るように見つめることを強制させられる。いつの間にか、彼らの剣の柄を握る手は、無意識のうちに必要以上の力が篭もって、ギリギリと摩擦音を立てていた。
 涼子は相手を威圧しながら、チラリと背後の少女を見やると、口早に言葉をかける。
「……そのまま、壁を背にして近づいてくる奴らは片っ端から吹っ飛ばしてな。それぐらいできるでしょ?」
「…………」
「さっさと答えろ」
「……っでき、る」
 最後の最後。なけなしのプライドでジェナはそう答える。答えた瞬間、目の前の背中が一瞬で消えた。え、と言葉を漏らした時には、右端の男が顎を蹴り上げられて宙に舞っていた。そのまま男の体が倒れこむのさえ待たず、追い討ちをかけるように涼子は反対の足で男の腹を叩き落し、地面に衝撃で一度小さくバウンドしたところを左手の剣で男の右胸を容赦なく貫く。
 ジェナも、男達も唖然と突っ立ったまま、それを見届けていた。
 男は核を破壊された衝撃を受ける前に、すでに気を失っていたようだ。涼子の足元で蝶のように貼り付けにされたまま、ピクリとも動かないでいる。
 硬直しきった空気の中で唯一、静物でない女騎士がのそり、と顔を上げた。
 相変わらず、その右肩は真紅に濡れていて。
 右腕には血が滴り落ちていて。
 なのに。
「……おいおい」
 リーダー格らしきあの男が頬を引き攣らせて呟く。冷や汗がそっと、その顔の側面を滑り落ちた。
「もう少し、出し惜しみしろよ」
 涼子はそれに失笑で返した。細められた目が、甚振るように男を捕らえて嗤う。
「何、片腕の他に、まだハンデが欲しいわけ?」
 片翼待ち相手だってそこまでしてやらないわよ、と。
 ズッと男の右胸から剣先を引き抜いて、涼子はリーダー格のその男にそれを向けた。





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